それゆけ忍者
【自作小説】幸運をまねく奇跡の仔犬と忍者のヒューマン物語
第二章 その5
「クーン・クーンは寂しいよ、心細いよと言って鳴いているんです。うるさがって叱ったりすると性格がゆがんだ犬に育っていくんです。鳴かない犬に育てるためにはかわいそうですが、放っておいて鳴き止んだら、側に行って優しく語りかけながらカラダを撫てあげるといいんですよ」
「そうだったんですか……。つい気になって側に行ってました」
「キャン・キャンは楽しそうに遊んでいるときに鳴くのは問題ないんですが、散歩中に大きな犬に寄ってこられて恐怖や悲鳴をあげるように鳴くのは、怖いよ、嫌だよというメッセージだから抱きあげたりして守ってあげることが大切なんです」
「そうなんですか」
 奥さまは少女のように素直に頷いた。
「ワン・ワンは○○して欲しい、○○してくれ、と言って欲求しているんですが、結構うるさくて近所迷惑だから、うるさいと叱ってしまうと逆効果なんです。鳴けば飼い主の気を引けることを覚えてしまって、無駄吠えをするようになるんです」
「私はよく、うるさいって叱っていました」
「叱ればいつまでも叱り続けないといけないから後々が大変なんです。始めは辛いですが、鳴き止むまで忍耐強く待つことが大切なんです」
「忍耐強くですね……わかりました」
「最後にガウ・ガウは怒りを表して威嚇しているんです。こういう場合は飼い主がリーダーであることをわからせるために、キッチリと叱らないといけないんです」
 退屈そうに静かに聴いていた、里香が口をはさんで、
「江美さん、叱るって……どつきまわすといいの?」
「そうよ、どつきまわすの」
「えっ、叩くといいんですか?」
 奥さまは真顔で江美に訊ねた。江美は照れ笑いして、
「すみません、冗談です」
 と言いながら頭を掻いて舌をペロっと出した。
 奥さまはクスクスと笑って、
「ねえ、江美さん、本当はどのように叱ったらいいんですか?」
 江美は表情を引き締めて話し出した。
 そんなときは三秒以内に犬の目をしっかり見てダメと言ってはっきり叱るんです。暴力は人間の子どもと同じでよくないです。正直に言って飼い主にまで威嚇するようになれば、叱るのも難しいし暴力をふるえばなおさら悪くなるんです。そうならない内にしっかりとしつけをすることが大切なんです。
 今のうちにきっちり叱って、言うことを聴いたら誉めてあげて、飼い主がリーダーであることをわからせ、信頼関係を深くすれば問題ないと思います。と語った。
 続いて、話したくてうずうずして待ち構えていた里香が、飼い主の責任について語り始めた。

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第二章 その6
「人間の場合は産まれたときから両親や祖父母がいろいろな教育をしてくれ、保育園から最終は大学まで学問やスポーツを通じていろいろな教育をしているから、人間性が磨かれると思います。しかし犬のしつけ教育は歴史が浅く、しつけをしないで成犬になった犬が無駄吠えして世間に迷惑をかけている場合も多いと思います。これからは人間と犬がより快適に暮らせるように、飼い主がしっかりしつけをする責任と義務があると思うんです。犬は大変賢い動物ですから、きっちりとしつけをすれば素晴らしい犬になるんですよ」
「里香ちゃんもなかなかいいこと言うね……関心したわ」
「もーう江美さん、からかわないでください」
 里香は口を尖らせむくれた顔をして言った。
「まあまあ……、仲がいいんですね」
 そう言った奥さまはニコニコ二笑っていた。
 里香は照れ笑いしていたが、気を取り直して話しを続けた。
「しつけの資料はご主人用もお渡しいたしますので、お二人で一読しておいてくださいね。では、今日はしつけの基本になる『お坐り』『待て』『だめ』『よし』を教えたいと思います」
「わかりました。ラッキーおいで」
 奥さまが呼ぶと、室内を走り回っていたが喜んでやって来た。奥さまが「お坐り」と言っても無視して、ただ嬉しそうに尻尾を振ってジャレるだけだった。
 それを見ていた里香が、ラッキーとアイコンタクトをとって、「お坐り」と言う瞬間にお尻を手で押さえる行為を数回くり返すと、「お坐り」ができた。頭を撫でながら誉めて褒美にビーフのおやつをあげると、ラッキーは尻尾を大きく振って大喜した。
「奥さま、ラッキーが『お坐り』をすると必ずおやつがもらえると思わないように、ときには誉めるだけにしてくださいね」
 里香は何回かその行為を繰り返しながら言った。
「わかりました」
 奥さまは感心しながら応えた。
 次は食器におやつを入れて、お坐りしているラッキーの前に「待て」と言って置くと、ラッキーは食べようとすると「だめ」と言って食器を取り上げた。それを何回か繰り返しをしていると、少し待てるようになった。
 そして、ラッキーと名前を呼んでアイコンタクトをとって「待て」ができていたら、「よし」と言っておやつを食べさせた。
「里香ちゃんの言っていることわかるのかしら? ほんとラッキーは賢いわね」
 奥さまはラッキーの頭を撫でながら満足そうに笑みを浮かべた。

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第二章 その7
 帝塚山の街では幸運をもたらす奇跡の仔犬の噂が広がり、大沢邸の広い庭を塀の隙間からのぞく人が現れた。のぞく人といっても、ほとんどは周辺の子どもたちばかりだった。小学生は下校時に大沢邸の塀からのぞいて仔犬を見つけると「幸運がもらえる」と言って騒ぐことが日課になっていた。
 ある日、大勢の小学生が大沢邸の庭をのぞいて仔犬を見たとか見えないと言って騒いでいた。それを知った大沢の奥さまは、門を開いてみんなに声をかけた。
「みなさん、よかったら入ってください。仔犬のラッキーも喜ぶでしょうから」
 すると、小学四年生くらいの女の子が、
「へえ……あの仔犬、ラッキーって言うんだね。おばちゃん、本当に庭に入っていいんですか?」
 こぼれるような笑顔で言った。
「もちろんいいですよ。さあ、入ってラッキーと遊んでやってください」
「わぁーい、ありがとうございます」
 大勢の男女の子どもたちは大喜びで庭へ入った。
 ラッキーはみんなを見てしっぽを激しく振りながら庭を走り回ったり、子どもに戯れついたりして大喜びしていた。
「めっちゃかわいい」
「ほんとだ、毛が金みたいにキラキラ光ってるよ」
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「ラッキー、こっちへおいで」
 名前を呼ばれるとラッキーは大喜びして、子どもたちに飛びついて戯れていた。
 今まで子どもたちはこの家を通り過ぎるだけだった。しかしラッキーがこの家にいるだけで、こんなに子どもが集まってくれるなんて、奥さまはまるで夢を見ているようだった。
 一度にたくさんの子どもができたような気持ちになった奥さまは、感激して目に涙を浮かべていた。
「おじょうちゃんはお名前なんていうの?」
 奥さまは、ラッキーを抱っこしていた小学校上級生くらいの女の子に優しく訊ねた。
「山田奈々です」
「そう、奈々ちゃんいいお名前ね。で、何年生?」
「小学校四年、二組よ」
「へえ……四年生なの、奈々ちゃんは犬好きみたいだわね」
「うん、わんちゃん大好きよ。でもラッキーはもっと好きだよ、めっちゃかわいいもん」
「ありがとう、ラッキーも奈々ちゃん大好きだと言ってるわよ」
「ほうとう、ラッキーは奈々が好きなの?」
 ラッキーは尻尾を激しく振って奈々の顔をペロペロと舐めた。
「うわー、めっちゃかわいい」
 奈々はとろけるような笑顔で大喜びした。そして、
「おばちゃん、ラッキーは幸運をもたらす仔犬って、本当なの?」
 と、キョトンとした表情で訊ねた。
「本当よ、おばさんはそう信じているわよ」
「へえー、本当なんだ。ラッキーってすごいんだね」
 奈々はラッキーの頭を優しく撫でながら言った。
 奥さまは部屋からお菓子を持ってきて、子どもたち一人ひとりに手渡した。みんなは元気よく「ありがとう」とお礼を言って受け取っていた。子どもたちはおやつまでもらって感激して、ラッキーと一緒にはしゃぎ回っていた。
 子どもに恵まれなかった奥さまは、ラッキーがお金では買えない、素晴らしいものを与えてくれていることに改めて感謝した。
 その日から、奥さまはたくさんお菓子を買って、子どもたちが遊びにくるのを毎日楽しみに待っていた。

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第二章 その8
 五月下旬のある日、なま暖かい風が吹く午前九時過ぎ、開店前の静かなわんランドの事務所に一本の電話が鳴り響いた。店長は業者からの電話にしたら早すぎるなと思いながら受話器を取った。
「おはようございます。ペットショップわんランドの杉田でございます」
「も、もしもし……服、服部江美さんをお願いします」
「申し訳ございません。まもなく出社すると思います。あの……恐れ入りますが、大沢様の奥さまでしょうか?」
 上品な声に覚えのある店長はそう訊ねた。
「は、はい……さようでございます」
「いつもお世話になり、ありがとうございます。もし急用でございましたら店長の私が代わりにお伺いいたします」
「た、たいへん。ラッキーがいないんです」
「えっ、ラッキーがいない? よろしかったら状況をお話しいただけませんか?」
「慌てて失礼いたしました。実は今朝、いつものようにラッキーと一緒に主人を見送ったのが八時、それから洗濯とか掃除をして九時頃にラッキーがいないことに気づいたんです。家中を探してもいないことがわかり、真っ先に服部江美さんにお電話したんです」
「それは大変ですね、承知いたしました。それでは大至急、服部江美と連絡を取り、奥さまの家へ訪問させますので、しばらくお待ちください」
「わかりました、よろしくお願いします」
 店長から連絡を受けた江美は驚いて、ワゴン車の進行方向を変えて帝塚山の大沢邸へ向かって疾走した。
 江美のワゴン車が大沢邸に近づくと、奥さまは門の前でそわそわして待っていた。
「おはようございます。ラッキーがいないんですって?」
「そうなんです。いつの間にか消えてしまったんです」
「いつの間にか消えた……」
 江美は不思議そうに呟いた。奥さまは少し早口で、
「朝九時前まで家の中や庭を走り回っていたのを見たんですが、ラッキーが静かになったので、どうしたのかなと思って、家中を探してもどこにもいないんです……」
 心配そうな表情で語った。
「そうなんですか、すぐ警察に捜索願いを出しましょうか?」
「は、はい、お願いします」
 江美は警察へ電話するとテキパキと事件の内容を伝えた。
「奥さま、警察はすぐに駆けつけて来ると言っていました。それでは、午前九時前の状況を落ち着いてよく考えて詳しく話してくれませんか」
 奥さまは主人を見送った場所から詳細に思い出しながら説明を始めた。そのときチャイムが鳴った。警察にしては早過ぎると思いながら、奥さまがインターホンに出ると里香の声が聞えた。タクシーで一緒にどんべえも来ていた。

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第二章 その9
 どんべえは玄関で背筋を伸ばして姿勢よくじっとお坐りして江美の指示を待っていた。江美はどんべえの頭を優しく撫でてから、小声でラッキーが消えたことを説明した。
 そして、江美はラッキーの遊んでいたおもちゃをどんべえの鼻に近づけると、「クン・クン」と匂いを嗅いで大きく頷いた。
 江美はどんべえに超敏感な鼻を使って屋内と屋外の庭や軒下の隅々、そして散歩コースの周辺を探すように指示をした。
 江美の話に頷くどんべえを見ていた奥さまは、夢でも見ているのではないかと頬をつねった。「痛い」と、腹のなかで呟いた奥さまは夢ではないと納得して、動き回っているどんべえを不思議そうに目で追っていた。
 しばらくするとバイクに乗った若くて逞しい警官が二人やって来た。門を開けて入って来た警官は、
「おはようございます」
 驚くような大きな声であいさつして奥さまに近づいた。
「奥さま、仔犬が消えたんでっか? 大変ですなあ……仔犬が消えるまでの状況を詳しく話してくれはりますか?」
 警官は独特な大阪弁で訊ねた。
 奥さまは江美に語った内容を話し終わると、
「そうでっか、不思議ですなぁ……。おれへんなった仔犬は毛がゴールド色のミニチュアダックスでんな?」
 警官は怪訝そうな顔をして訊ねると、
「そうです、ゴールド色です。珍しいミニチュアダックスですごく貴重な仔犬なんですよ」
 奥さまが答えると、
「そうでっか、すごく貴重な仔犬ということはごっつう高いんと違いまっか?」
 警官は目を見開いて訊ねた。
 奥さまの側で会話を聞いていた江美は、警官をちょっとからかうつもりで、
「ここだけの話しだけど、一千万円はするわよ」
 と、大風呂敷を広げて言った。
「えっ、一千万円!」
 純粋な二人の若い警官は目の玉がこぼれそうに驚いて叫んだ。
「……嘘よ、本当は五百万円よ」
 江美は微かに微笑んで言った。
「ひっかりましたなぁ……それでもすごい高級犬でんな」
 警官は苦笑しながら言った。そして、申し遅れましたと言って、大阪弁の若い警官は中村隆司、隣の若い警官は鈴木博之と自己紹介した。

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第二章 その10
 江美はこぼれるような笑顔で会釈してから、
「ウチはペットショップわんランドの服部江美、あそこで奥さまと話している女性はアシスタントの木村里香。それと庭をウロウロしていた黒い雑種犬はどんべえ。どうかよろしくお願いします」
 すると警官の中村は訝しい表情をしながら、もしかすると服部江美さんは伊賀の……と訊いたとき、江美は話しをさえぎって、
「内緒よ……」
 と言って、人差し指を口にあてた。
 そのときガレージの自動シャッターが開いてベンツに乗った大沢功夫が慌ただしく帰って来た。
「純子、大丈夫か?」
「あなた、ごめんなさい。用事をしているときに、いつの間にかラッキーが消えたの」
「うーむ」
 大沢は深く呻いて、沈黙した。
 ちょっと大沢の表情のおかしいと感じた江美は、
「始めまして、私はわんランドの服部江美です。よろしくお願いいたします」
「こちらこそよろしく、家内から噂は聞いていますよ。この度はお世話になります」
「ご主人、たいへん失礼なことをお訊ねしますが、誰かに恨まれるようなことはないでしょうか?」
「えっ……恨まれる?」
「そうです、お仕事関係で恨まれるようなこと……」
「さあ……心当たりはないですが」
 しばらく考えて憂いのある表情で大沢は呟いた。
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 玄関の方から「ワン・ワン」と大きな鳴き声が聞えてきた。みんな一斉に玄関を見ると、どんべえが外から帰って来て江美を呼んでいた。江美は話しを中断して玄関へ行ってどんべえから報告を聞いた。
「ワン・ワン……さんぽコース以外はラッキーの匂いはないよ」
「そうなの、ご苦労さん」
 江美はどんべえの頭を撫でながら言った。するとどんべえは、
「クン・クン……門の前から庭までここにいる人以外の男の匂いがするよ」
「えっ、男の匂いが……」
「ワン」
「ありがとう、どんべえ」
 江美はどんべえの背中を優しく撫でて労った。
 急いでリビングに戻って来た江美は、
「奥さま、昨日から今日の午前九時頃までに男性の方が訪ねて来ましたか?」
 奥さまはしばらく思い出すように考えて、
「いいえ……子ども以外はどなたも訪ねて来ませんでした」
「やはり、ラッキーは怪しい男性に連れさられたようですね。おそらく庭で遊んでいたラッキーを乗り物で連れ去ったようです」
 それを聞いていた大沢は怪訝な表情をして江美に訊いた。
「江美さん、なぜそんなことがわかるんですか?」


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