それゆけ忍者
【自作小説】幸運をまねく奇跡の仔犬と忍者のヒューマン物語
第四章 その3
 どんべえは公園を見付けると、寝ている男にそっと近づき、次から次へと素早く匂いを嗅いで走り回っていた。深夜三時頃になっても公園でラッキーの匂いを見付けることができなかった。
 公園を諦めたどんべえは、新世界の周辺にある商店街にやって来た。商店街では店のシャッターの前にずらりと段ボールを敷いて年配の男たちが眠っていた。
 どんべえは端から順番に一人ひとり匂いを嗅いでいると、作業服の上着から微かにラッキーの匂いがした。どんべえは鼻をピクピク動かしもう一度、確かめるように丁寧に「クン・クン・クン」と、匂いを嗅ぐと間違いなくラッキーの匂いだった。
 どんべえは大きくジャンプして喜んだ。しかし、肝心のラッキーはどこにもいない。しばらく周辺を捜し回ったが、見付けることができなかった。
 困ったどんべえは、しばらく考えて……決断したように、一目散に中村と鈴木が寝ている三角公園へ向かって疾走した。
 三角公園に着いたどんべえは、ぐっすり眠っている中村の顔をペロペロ舐めると、
「あーあ、江美さん、もっと……」
 気持ち良さそうにそう言って寝ぼけていた。
 嫉妬したどんべえは、上着を噛んで激しく体を揺すると、中村は驚いて、
「地震だ、地震だ」
 そう叫びながら跳ね起きた。
 やっと目の覚めた中村は、側で何食わぬ顔をしてお坐りしているどんべえを見て、
「どんべえじゃあないか、どないしたんや?」
 頭を撫でながら訊ねた。
 すると、どんべえは首を正面から横へ振って「行こう、行こう」という素振りをした。
「ラッキーが見付かったのか?」
 中村は直感でそう思って訊ねた。
 すると、どんべえは頭を左右に動かした。
「じゃあ、城田を見付けたんか?」
 今度は、頭を上下に動かして頷いた。
(なんと賢い犬だ……)と感心しながら、横で眠っていた鈴木を叩き起こした。
 辺りはぼんやり明るくなっていたので、中村は腕時計を見るともう午前五時だった。二人は疾走するどんべえのあとを必死で追いかけながら男の眠っている商店街にやって来た。
 どんべえは、ラッキーの匂いのついた男の前で立ち止まった。そしてお坐りして、前足を来い来いするように動かして中村に教えた。幸い男はまだぐっすり眠っていた。中村は顔写真を取り出して男の寝顔をじっと眺めた、少しやつれてはいるが間違いなく元社長の城田だった。
 中村は、鈴木とどんべえに見張りを頼み、急いで江美に電話した。
 長いコールだったが、江美は寝そうな声で電話に出た。
「はい、江美ですが、どちらさまですか?」
「おはようございます。中村です」
「お疲れ様です。見付かったの?」
「はいっ! 元社長の城田を見付けました。今、眠ってるんですわ、どないしましょう」
「えっ、見付かったの。で、ラッキーは?」
「ラッキーはおりまへん」
「いない……困ったわね、証拠がないから逮捕できないわね」
「江美さん、俺たちは警官の服着てないから、うまいこと言うて城田を拘束しときます」
「わかったわ、すぐそこへ行くから、逃がさないようにね」
 江美は商店街の場所を訊くと電話を切って、素早く身支度をして、ワゴン車を疾走させた。。

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第四章 その2
 みんなは、顔写真を覗き込むようにじっと見ていた。
 すると、無精ヒゲの目立つ年配の男が、
「珍しい仔犬連れてこんな所に来るなんて、けったいなやっちゃなぁ」
 と言いながら写真を見て、
「どっかで見たことあるような顔でんなぁ」
「えっ、見たことありまっか」
「うん……最近……どこやったかなぁ」
 と考えていると、その年配の男の隣にいた中年男が、
「わしもどっかで見かけたような気がするで。じゃが……思い出せんなぁ」
「そうでっか、おおきに。まあ急いでいる訳ではおまへんから、明日ゆっくり捜しますわ。あっ、ちょっとションベンしてきまっさ」
 中村はそう言いながら公園の隅へ行った。
 実はマナーにしていた携帯電話のバイブレーターが震えたからだ。
 夜空は星ひとつも見えない、おぼろ月がうっすらと見えるだけだ。明日は雨になりそうな雲行きだった。
「もしもし、中村君お疲れさまです。状況はどう?」
「江美さんもお疲れさん。まぁぼちぼちでんなぁ」
「まぁぼちぼちって? なんなの?」
「今、三角公園で日雇労働者と仲良く飲んでまんねんやわぁ」
「中村君、酔っぱらっているの?」
「まぁ……ぼちぼち酔っぱらってます。はい、江美さん」
「そう、お酒美味しい?」
「そりゃ……最高ですわぁ」
「いつか、一緒に飲みたいね」
「えっ、ほんまでっか?」
「ほんまよ。この事件がちゃんと解決すればね」
「江美さん、手掛かりちょっと掴んださかい……きっと元社長を見つけまっせ」
「期待しているんだから……頑張ってね。じゃあ、手掛かり掴んだらいつでもいいから電話してね」
「はいっ! 了解しました」
 中村はウキウキしてみんなの輪の中に戻って来た。鈴木はそんな中村を見て、
「中村先輩、何かいいことあったんですか?」
「まあなぁ……」
 と言いながらニタニタしている。
「先輩ほんま大丈夫ですか?」
「大丈夫だって……明日は夜明けに起きるから、そろそろ寝るで」
 そう言った中村は、その場へゴロリと寝ころんでいびきをかいて眠ってしまった。

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第四章 その1
 どんべえは江美から指示を受けて、ラッキーの匂いを頼りにあいりん地区と新世界を捜索していた。
 この地域の日雇労働者や道行く人たちは雑種犬の野良犬にしか見えないどんべえが走り回っていることに気も止めず、素知らぬ振りをしてくれているので、かえって気楽にあちこち匂いを嗅ぎながら自由に走り回っていた。まさか、この犬が忍者犬で迷子の仔犬を捜しているとは誰も想像すらできないだろう。
 どんべえは鍛え抜かれた鋭い嗅覚をしても、ラッキーの匂いを見つけることができず焦燥に駆られていたが、どんべえの愛嬌のある顔からそれを読み取ることはできなかった。
 西空が真っ赤に染まり出した。やがて、陽が沈み辺りは薄暗くなった。これからどうしようかと迷っていたどんべえは、日雇労働者が集まって夜を過ごす公園や商店街で、眠っている一人ひとりの服を嗅いでラッキーの匂いが残っていないか捜索しようと思いついた。
 三角公園にやって来たどんべえは、聴いたことのある声だなと思って近づいて見ると、円形の人の輪の中で中村と鈴木が誰かと大きな声で話をしていた。
「おっちゃんもどうでっか……遠慮せんと食べて飲んでや」
 中村は弁当やカップ酒、缶ビールをビニール袋から取り出して周りの日雇労働者に勧めた。
「おおきに、すまんなぁ」
 と言いながら、四人の日雇労働者がカップ酒や缶ビールを飲み出した。
 人懐っこい中村はみんなと楽しく話しながら飲んでいると、もう友だちのようにうち解けて来たので、さりげなく本題に入った。
「あの……この辺でミニチュアダックスの仔犬を見かけたことないでっか?」
「えーと、ミニチュアダックスって、足の短い耳の垂れた犬かいな?」
 と、丸刈りのごま塩頭の老人が訊ねた。
「そうやそうや、その通りや。でもな、珍しいことに毛が黄金にキラキラ輝やいている仔犬なんや」
「えっ、黄金の仔犬? そんな珍しい仔犬やったら高いんと違うんかいなぁ」
「まぁ、五百万円くらいしたそうでっせ」
「えっ、五百万円。どえらい高級な仔犬やなぁ」
 そう言って老人は酒をグッと飲んだ。
 中村も酒を一口飲んで、
「そうでっしゃろ」
 気さくにそう言って微笑んだ。
「そのミニチュアダックスの仔犬がどないしたんや?」
「実は……俺の友だちがこの仔犬連れてあいりん地区へ行ったって聴いたから捜してまんねん。こんな人を見かけたことないでっか?」
 中村は鈴木から受け取った顔写真をみんなに見せながら訊ねた。
 どんべえは近くで寝ころんでみんなの会話を聴いていたが、ここは中村と鈴木に任せて別の公園へ行こうと思いむっくり起きあがると、目にも止まらぬ早さで疾走して消えてしまった。

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