それゆけ忍者
【自作小説】幸運をまねく奇跡の仔犬と忍者のヒューマン物語
第一章 その14
 事務所では、赤ちゃんの術にかかった壮年からオークション妨害の依頼人を訊きだそうと、江美はアメやチョコレートを餌にして訊問していた。
「ぼくちゃん、チョコレートあげるからおしえてね」
「わあーい……いいよ」
「わんちゃんいっぱいいるとこってどこなの?」
「あのね……あっち」
「ぼくちゃん、あっちってどっちなの?」
「あのね……こっち」
「こっちって、どこなの?」
「ぼくね……あっちかこっちかわかんない」
「そうだよね、そしたらどんなところ?」
「あのね……テレビがいっぱいあるよ」 
(テレビがいっぱいあるところ……そうだ、日本橋の電器の街だ!)と思った江美は、店長に日本橋の電器の街にペットショップがあるか確認した。
 店長はしばらく考え込んで、「そうだ」と呟いて、最近のペット雑誌で見たことを思い出した。
 店長はその雑誌を探してページをめくると、その店の取材記事があった。
「江美ちゃん、これですよ……見てください」
 じっとそのページの写真を見つめて江美は呟いた。
「ほんとだ……オーナーは胸の大きな若い女性だわ」
 江美はその写真を壮年に見せて訊ねた。
「おっぱいのおおきなおねえさんって、この人?」
「そうだよ……このおねえちゃんだよ」
 それを確認した江美は、壮年の首のツボを人差し指で鋭く突いた。すると、壮年は首を激しく左右に振って正気に戻った。
 江美は、静かにペット雑誌の店の掲載ページを見せて訊ねた。
「ねえ、このペットショップから頼まれたのね」
「そんなん知らん」
 壮年はそう言ったが、明らかに動揺していた。
「隠しても無駄よ、さっき全部白状しんだから。このビデオカメラで撮影してあるのよ」
 江美は机の上にあるビデオカメラを指差して鋭く言った。
「えっ……!」
「こんな汚い営業妨害は人間として恥ずかしいことだとだから、堂々と営業努力して業績をあげることを考えなさい。今回は罰金の十万円を払ったら許してあげるから、もし払わなかったら警察に通報すからって、このペットショップのおっぱいの大きなお姉さんに言っときなさい」
 江美は諭すように言うと、壮年はペコリと頭をさげ背中を丸めて事務所を出た行った。それと入れ替わりに、どんべえと白髪の婦人が一緒に入って来た。
 江美は白髪の婦人に落札が不正だったことを説明して、落札は白髪の婦人の五百万円に決定したことを告げた。
 それを聴いた白髪の婦人は、
「えっ、本当ですか。嬉しいわ……夢みたい」
 こぼれるような笑顔になった。見る見る澄みきった瞳から涙が溢れ出した。
 無事に契約と決済が終ると、白髪の婦人はミニチュアダックスAZの仔犬を優しく抱きあげ「はじめまして、これからよろしくね」と言って、何度も頬ずりしていた。
 仔犬は白髪の婦人に戯れついて喜んでいた。仔犬もこうなることを望んでいたようだ。
 そんな光景を見ていた江美は目から涙が溢れた、ふと見ると里香もどんべえも瞼を濡らしていた。店長はうしろを向いて小刻みに背中を震わせていた。
 オークションで不正はあったが、結果的に江美は願っていた通り、優しい人に仔犬を購入してもらったことに満足した。

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第一章 その13
「それでね……おっぱいのおおきなおねえちゃんはどこにいるの?」
「あのね……いっぱいわんちゃんがいるとこ」
「わんちゃんがいっぱい?」
「うん。かわいいわんちゃんがいっぱいいるとこだよ」
 店長はびっくりして、夢でも見ているのではないかと何度も瞬きした。
 江美のことは噂で忍者くノ一だと聞いていたが、こんな見事な忍術が使えるとは想像もしていなかった。
 一方、里香は江美から耳打ちされたことを訳も聞かず、急いで入札していた白髪の婦人を探した。しかし帰ってしまったようだった。まだそう時間は経っていないので、どんべえに白髪の婦人を探して連れて来るよう指示をした。
 どんべえは、
「ワン・ワン……おばあちゃんさっきまでここにいたんだよ」
「そうなの」
「クン・クン……ぼくそばにいたからにおいわかるよ」
「よかった。そしたらすぐおいかけてつれてきてくれる」
「ワン……わかった」
 と、言ってか? 鳴いてか? どんべえはすぐ店の外へ飛び出した。そして、歩道の匂いを「クン・クン」と嗅いで、東の方向へ一目散に走り出した。
 どんべえは犬だが人間なら三十二歳の男性、伊賀の江美の実家で生まれた。江美から忍者の厳しい訓練を受け、人間と会話もできる賢い忍者犬として成長した。
 どんべえは愛嬌のあるかわいい顔をして、いつも尻尾を振っているので、鎖につながれていなくても誰も怖がらない。そんな利点を活かしてどんべえは忍者犬として自由に行動していた。
 どんべえは軽快に風をきって道行く人をうまく避けながら疾走していた。遠くの大きな公園の側で白髪の婦人が立ち止まっているのが見えた。白髪の婦人は蕾がたくさん顔を出してまばらに開花している桜花をじっと眺めていた。どんべえは見る見る白髪の婦人に迫って、あっという間に白髪の婦人を追い越した。そして振り向いてちょこんとお坐りして尻尾を激しく振っていた。
「あら、さっきのお店のどんべえ君じゃあないの?」
「クン・クン・クン」
 どんべえは何度も頭を下げて頷いている。
「どうしたの?」
 白髪の婦人が怪訝な表情をして訊くと、どんべえは立ち上がってわんランドへ帰ろうとして、ちょっと歩いて振り返って、白髪の婦人を見て「クン・クン」と鳴いた。
「おかしなどんべえ君ね。それじゃあ……バイバイ」
 そう言って白髪の婦人は歩き出した。
 するとまた、どんべえは白髪の婦人を追い越してお坐りして、何度も頭を下げている。そして、立ち上がって今度はうしろ歩きをしながらわんランドへ帰ろうとした。
 それを見た白髪の婦人のハッとして、
「お店に戻れって言うの?」と訊くと、どんべえは「ワン」と鳴いた。
「あら……わたしの言っていることわかるの?」
 白髪の婦人が訊くと、また「ワン」と鳴いた。
「えっ、わかるのかしら? そしたらお店に戻りましょう」
 それを聴いたどんべえは大きくジャンプして喜び、お店に向かって飛んで行った。
 しかし、しばらく走ると止まって振り向き、白髪の老婦人が来るまでじっと待っていた。
 道行く人たちはその奇妙な光景を立ち止まってじっと見ながら首を傾げていた。
(なんて賢い犬なんだろ……)と、白髪の婦人は感心しながら「わんランド」へ戻って来た。

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第一章 その12
「オークション開始の時、妨害する入札や落札は禁止だと確認したはずです。この案内状の注意事項にも罰金のことを大きく書いてあるではないですか」
 江美は、案内状を見せて厳しい口調で詰め寄った。
「まあ、そうガミガミ言うなよ……そろそろ帰るか」
 壮年はそう言って、江美を睨みつけて立ち上がった。そして事務所をでて行こうとした。すると、店長は飛んで行って壮年を制止したが、もの凄い力で突き飛ばされて尻もちをついてしまった。
 江美は目にも止まらぬ早さで壮年の背後から右腕を捻じ上げた。
「痛ったた、こら……放せ……」
 壮年は悲鳴をあげながらもがいたが、もがくほど痛くなるので静かになった。江美は壮年をソファーに無理やり坐らせ、人差し指で壮年の首のツボを鋭く突いた。「ウッ」と呻いた壮年の動きが止まった。
 手も足も金縛りにあったように動かない。ただ目と口だけは動いていた。すかさず江美は壮年に詰問した。
「なぜ? オークションの妨害をしたの?」
「ん……」
「なぜなの?」
 目だけが天井を見つめ黙っている壮年にもう一度、詰問した。
「知らん」
 それを聴いた江美は目を閉じた。そして、静かに両手を合わせて合掌した。壮年は顔も動かすことができないので、ただ江美の不思議な動作を見つめていた。
 突然、江美は「パッ」と目を開けた。江美の大きな瞳はキラキラと輝き壮年の目を釘付けにした。
 ……そのまま三分間が経った。
 すると壮年の目は血走ってとろんとしていた。
 これぞ、くノ一忍法「赤ちゃんの術」。これは催眠術で赤ちゃんのように心が素直になって、何でも正直に話すという江美の得意技であった。
 江美は赤ちゃんに話しかけるように優しく、
「ねえ、ぼくちゃんどうしてイタズラしちゃったの?」
「あのね……たのまれたの」
「そうなの、だれにたのまれたの?」
「あのね……おっぱいの大きなおねえちゃんに」
「ふーん、おっぱいすきなの?」
「うん、だいすきだよ。おねえちゃんのおっぱいも大きいね」
「こら、さわったらだめだよ。ぼくちゃんエッチだね」
「ええ……エッチってなに?」
「ごめんね、変なこときいて」
「うん、いいよ」
「おっぱい、おいしい?」
「うん、めっちゃおいしいよ」
 江美は、ちょっと壮年をからかって「クス・クス・クス」と、へそから茶を沸かしながら話しを続けた。

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第一章 その11
 事務所では杉田店長と江美が、前に礼儀正しく坐っている壮年と仔犬の話をしながら、売買契約の手続きを始めた。
「重ねて落札いただいて、誠にありがとうございました」
 店長は丁寧にお礼を言った。すると壮年はゆったりした口調で、
「いえいえ、六百万円くらい私の小遣いですから」
(まぁ……嫌味なおじさんだわ)江美はそう思った反面うらやましく、(ウチも一度でいいから六百万円くらい小遣いですって言ってみたいわ)などと思いながら、契約を見守っていた。
「六百万円の決済でございますが、現金かカードでお願いいたします」
 店長は丁重に訊ねると、壮年はセカンドバックからクロコダイルの財布を取り出し、そして、アメックスのゴールドカードをテーブルに置きながら、「これで……」と呟いた。
「誠にありがとうございます。只今カード会社と手続きして参りますので、しばらくお待ちください」
 江美はコーヒーを壮年にだして、犬のしつけの話をしていると、店長が戻ってきて、
「お客さまたいへん失礼ですが、このカードはご利用できないそうなんです」
 壮年は顔色ひとつ変えず、
「おかしいですね。そしたらこちらのゴールドカードで」
 と言って、財布から取りだして店長へ渡した。
 しばらくすると戻ってきた店長が、このゴールドカードも利用できないことを告げると、壮年は困った表情をして言った、
「おかしいですな……そしたら小切手ではいけませんか?」
 店長は笑顔が消えて困った表情になった。それを感じた江美は、
「小切手でも結構ですよ」
「それは、ありがたいです」
 と、壮年が言いかけた時、江美は言葉を続けて、
「ただし、身元を証明するものを見せていただけますか。例えば、自動車免許証や健康保険証またはパスポートのいずれかお持ちではないでしょうか?」
 頷いた壮年はセカンドバックの中をのぞいて、
「あいにく今日は日曜日なので、持ってきていませんね……」
 そう言った時、江美は「しまった」と思った。
 江美は、店長に耳打ちすると静かに席を立って事務所をでた。と、同時に猛スピードで階段を駆け降りた。
そして、ドッグショーの進行をしている、里香に耳打ちした。今度は階段を駆け上り三階の事務所の扉を静かに開けた。
 すると、壮年の態度は豹変していた。壮年は膝を組んでのけぞって、たばこを吹かしながら偉そうに坐っていた。
「江美ちゃん、お客さまはもう決済はできないから、落札はなかったことにしてくれって言うんです」
 杉田店長は困った顔をして言った。すると江美は笑みを浮かべながら壮年を見つめ、
「それは結構ですが、ルール違反ということで罰金十万円をいただきます」
「そんなルール……知らん」
 壮年は天井を仰いで言葉を投げ捨てた。

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第一章 その10
 笑いもおさまって静かになった時、「四百万円」と、高級クラブのママのような女性が言った。
 すると店内のみんなは、先程入札した白髪の婦人をじっと見つめて、次の入札を待っていた。しかし、白髪の婦人は黙って天を仰いでいるだけだった。
 それを確認した里香はさわやかな口調で、
「只今、四百万円になりました。誠にありがとうございます。もう、入札がございませんでしたら、これで落札したいと思いますが、いかがでしょうか?」
「ちょっと待ってください」
 白髪の婦人が慌てて、
「五百万円でお願いします」
 とキッパリ言った。店内から「ええっ」と、驚きの声があちこちで洩れた。
 しばらく会場は騒然となった。
 里香は会場を見渡しながら静かになるのを待っていた。突然、
「六百万円」と、叫ぶような声が店内に響き渡った。会場は「うぉー」と、驚愕の声がこだました。
 誰が六百万円を入札したのかと、場内の視線は叫び声の方へ移った。その人は入札を競っていた恰幅のいい壮年だった。
 みんなは期待して、白髪の婦人と高級クラブのママのような女性をジロジロと見つめた。二人とも沈黙して首をうな垂れ、もう諦めているようだった。
 そんな空気を察知した里香は大きな声で、
「それでは六百万円で落札いたします。よろしいでしょうか?」
 里香は、誰か入札するかもしれないと期待を持って訊ねたが、誰も他人事のような顔をして立っているだけだった。
 商売熱心な店長は(六百万円か、三百万円も儲かる……)と、込み上げてくる喜びを腹で笑って、冷静を装っていた。
 決断した里香は元気に、
「では、六百万円で落札します」
 机をポンと叩いて叫んだ。そして、
「誠にありがとうございました。これでオークションを終了いたします」
 と言って拍手をした。緊張の糸が切れたようにホッとした参加者から大きな拍手が起こった。
 店長は(やった! 三百万円も儲かった)と、こぼれる笑顔を抑えきれず、落札した恰幅のいい壮年にペコペコしながらお礼を言って、売買契約と決済をしてもらうために三階の事務所へ案内した。
 入札を競って落札できなかった白髪の婦人は、落札された仔犬の柵の前にしゃがみ込んで悲しそうに涙を流してじっと仔犬を見ていた。
 それを眺めていたどんべえは、その白髪の婦人にそっと近づき慰めるように「クーン・クーン」と、鳴きながらカラダをスリ寄せた。
 このあと店内では楽しいドッグショーとユニークな賞品がもれなく当るビンゴゲームが予定されていた。

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第一章 その9
「只今より幸運をもたらす奇跡の犬、ミニチュアダックスAZのかわいい仔犬のオークションを開始します。それでは三十万円からスタートします」
 司会の里香が元気に呼びかけると、川が堰きを切ったように、
「三十一万円」
「三十二万円」
「三十三万円」
「三十四万円」
「三十五万円」……と、若い女性や子連れの若い婦人が次々と一万円単位で入札していた。
 すると、どこからか男性の太い声で「五十万円」と聞えた。
 それからは「六十万円」「七十万円」「八十万円」……と、十万円単位で入札価格が上がり始めた。
 初めに入札した若い人たちは黙り込んでしまい、ただ成り行きを見守るだけになった。
 さらに「百万円」「百二十万円」「百五十万円」……と、うなぎ昇りに入札価格は上がり二百万円になったところで店内は一瞬、水を打ったように静かになった。
「お陰さまで入札価格は二百万円になりました。ありがとうございます」
 里香がお礼を言うと、店内は少し騒然とした。里香は間髪入れずに、
「よろしければ、引き続き入札してください」
 しばらく沈黙は続いたが……、
 静寂を破って「二百五十万円」と、恰幅のいい壮年の低い声が店内に響い。みんなの視線は一斉にその壮年へ移った。
 オークションに参加しいるほとんどの人はもう諦めて、かたずを呑んで見守っいた。
「二百七十万円」と、和服を着て髪をアップにした高級クラブのママのような女性がきれいな声で入札した。
 みんなは一斉にその女性へ顔を向けた。
 ひと呼吸おいて「すみません」と、うしろの方から上品な声がした、今度はみんな一斉に振り向いた。
 その人は、お洒落な洋服を着た上品な白髪の婦人だった。その白髪の婦人は、
「三百万円」と、優しい声で入札した。
 江美は見覚えのある婦人だな……と思ったが、すぐ思い出した。それは、先週の日曜日に柵の前でじっと仔犬を見て微笑んでいた白髪の婦人だった。
 すかさず、先程入札した恰幅のいい壮年が「三百五十万円」と力強く言った。
 突然、「さんびゃくろくじゅうえん」と小さな女の子のかわいい声が店内に響いた。店内から爆笑が巻き起こり、緊張した雰囲気が少し和らいだ。

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第一章 その8
 大阪の街は桜が五分咲きになり、あちこちで花見を楽しむ人たちを見かける晴れやかな日曜日。
 今日は楽しにしていた「わんランド感謝オークション」が開催される。わんランドの店内では午前八時からスタッフはオークションの準備に慌ただしく働いていた。
「杉田店長、おはようございます」
「おはようございます。江美ちゃん、里香ちゃん、どんべえ、今日はよろしくお願いします」
 店長は額の汗を拭きながら言った。
「こちらこそ、よろしくお願いします」
 と言った江美は、急いでミニチュアダックスAZの仔犬の側へ行った。
「今日の主役、名無しの仔犬ちゃんは元気かな……」
 江美はこの仔犬が可愛くて仕方がない。今日でお別れになるから、なおさら愛おしく思っていた。「クーン・クーン」と、仔犬は江美の顔を見て甘えるように鳴いていた。どんべえもそれとなく感じているようで、寂しそうに柵の前でじっとお坐りして仔犬を見つめていた。
 アシスタントの里香は、「わんランド感謝オークション」の司会をすることになっているので、少し緊張してソワソワしていた。いつもよりちょっと笑顔も少ない。
 準備がすべて完了した午前九時半、正面入口を開けると、外で待っていたお客さんは笑顔で次々と入店して来た。
 三十数名のお客さんがオークションに参加してくれるようだ。お客さんが立っているうしろにはテレビ、雑誌の報道陣が十数名も待機していた。
 いよいよ午前十時。司会の里香はにこやかにマイクを持って、
「おはようございます。今日は早朝より大変お忙しい中、「わんランド感謝オークション」にご参加いただきまして、誠にありがとうございます。今日はオークションを中心に楽しい企画もございます。最後までごゆっくりお楽しみください。では、はじめに杉田店長よりごあいさつがございます」
 元気な司会に紹介された店長は、ミニチュアダックスAZの仔犬を両手で大切そうに抱いてマイクスタンドの前に立った。
 まず参加者へのお礼からはじまり、購入からオークションに至るまでの経緯や仔犬の血統の説明。そして、オークションのルールの説明をした。
 特にスタート価格は三十万円から、決済は現金またはカードでの即金であることを確認して、公平で有意義なオークションとなるようにスタッフ一同が全力で努めることを誓ってあいさつを終った。
 堂々とした店長のスピーチに(さすがは父が認めただけある……)、(里香も笑顔で堂々とした司会だ……)と、上々の滑り出しに江美は満足した。

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第一章 その7
 三人は簡単な打ち合わせをして、来週の日曜日のオークションは午前十時から開催。「わんランド感謝オークション」として、三十万円からスタートすることにした。
 そして、店長はスタッフにオークションの案内ポスター制作を一時間以内に仕上げるよう指示した。ポスターが完成するまで、ミニチュアダックスAZの仔犬の販売は「わんランド感謝オークション」で、行うことを店内放送した。
「オークションか……おもしろそうだ」
「三十万円のスタートは安いな」
「えっ、三十万円から、やっぱり高いなぁ……」など、
 放送を聴いたお客さんの反応はさまざまだった。しかし、これで本当に珍しいミニチュアダックスAZの仔犬を買いたいと思っているお客さんに絞れる。
 店内ではオークションと知って、もう仔犬の購入を諦めて帰るお客さんも現れた。しかし、いつまでも仔犬を眺めている人もいた。そのなかでひとりの上品な白髪の婦人が、じっと仔犬を眺めて幸せそうに微笑んでいるのが印象的だった。
 江美はこの仔犬を大切にしてくれる人に買ってもらいたいと願っていた。できれば購入してからも、しつけを通して仔犬と関わっていたいと思っていた。
 オークションなら本当にこの仔犬がほしい人に購入してもらえるわけだが、ほしくてもお金に余裕がなくオークションに参加しても落札できない人もいる。
 しかし、珍しいミニチュアダックスAZの仔犬は一匹だけだが、その他にも普通のミニチュアダックスの仔犬だと十万円くらいで購入できる。だから、お客さんに自由な選択をしてもらったらいいことだと、商売として割り切って考えるようにしていた。
 店長の依頼通り一時間後ポスターは完成した。急いで店頭、入口付近、仔犬の柵の近く、そして二階と三階にも貼り出した。
 このわんランドは、「笑顔」「親切」「丁寧」「迅速」をモットーに営業していた。江美や店長をはじめスタッフ全員がこのモットーをきっちり実践していたので、オープンしてわずか一年で、たくさんのお客さんから信頼されていた。
 店長は来週の日曜日に開催される「わんランド感謝オークション」の企画を具体的に練り始めた。できるだけ楽しくお客さんに満足してもらえる内容にしてほしいとの、江美の強い要望に応えようと真剣に考えた。

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第一章 その6
 それを見たお客さんは次から次に店長のところへ訊きにきた。店長は嬉しいような、困ったような複雑な気持ちになって、
「江美ちゃん、この状況で仔犬を販売したら掴み合いの喧嘩になって暴動が起きそうです。どうしたらいいでしょうか?」
 江美は苦笑しながら、
「杉田店長、それはちょっとオーバーじゃない」
「でも、そんな空気を感じるんです……」
「そうね、この状況で誰かに販売したら、それに近い不満が爆発するかもしれないわね」
 江美はそう言って、店内をさっと眺めながら、
「ほんと凄い人ね、今でも二百人はいるわ。困ったわね……」
 と言って表情を曇らせた。
「何かいい方法ないかなぁ……」
 店長は腕組みして呟いた。
「ねえ、里香ちゃん、いいアイディアないかしら?」
 江美は側にいたアシスタントの里香へ訊ねた、
「そうね……ジャンケンでもしたら……?」
 里香は自信なさそうに小声で言った。
 アシスタントの木村里香は短大を出て大好きな犬に関連した仕事がしたくて、わんランドのオープン時に入社した。いつも笑顔で心の優しい女性だからスタッフに好かれ、犬にもよく懐かれていた。今では江美の秘書兼アシスタントとして頑張っていた。
「でも、これからお客さんはどんどん増えます。ジャンケンで決めてしまったら、あとからいらっしゃったお客さんがガッカリするんじゃないですかね……」
 店長は不満そうに言った。すると里香は、
「じゃあ、抽選ではどうかしら?」
「抽選……悪くはないですね……」
 じっと目を閉じて考え込んでいた江美はパッと目を開いて、
「そうだ! いい考えがあるわ!」
 ビックリするような大きな声で叫んだ。
「江美ちゃん、いいアイディアありましたか?」
「あるわよ。今、流行っているじゃない」
「えっ、流行っているもの……?」
 店長は首を傾げて呟いた。江美は満面に笑みを浮かべて、
「それはね、オークション!」
 と、自信満々に言った。
「オークション、それはいい考えですね」
 ポッンと手を叩いて、店長は賛同した。
「江美さん、里香も賛成です。オークションならお客さんも納得してくれるそう。で、いつするんですか?」
「来週の日曜日がいいと思うけど……杉田店長はどうですか?」
「いいんじゃないですか」
「じゃあ、決定ね」
 江美は店長を見つめてとろけるような笑顔でピースサインをした。

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第一章 その5
 店長は慌てて女性に近づきカゴを受け取った。恐る恐るカゴのなかを見ると間違いなく写真通りの仔犬だった。店長はホッとして胸を撫で下ろした。
 江美は仔犬を抱っこして頬ずしたり、キスをしたりして、まるで無邪気な子どものように喜んでいた。どんべえも大喜びして、仔犬の側から離れようとしない。親から離れて来た仔犬が寂しがらないように、ずっと優しく面倒を見てくれていた。
 全国でペットの関心が高まるなか、特に犬の人気はグングン伸びていた。テレビのペット番組もたくさん増えていることを思い出した店長は、早速、わんランドのコマーシャルで利用しているテレビ局に電話した。
 担当のディレクターに「幸運をもたらす奇跡の仔犬」のことを話すと、アナウンサーやカメラマンなどスタッフを大勢連れて取材に飛んで来た。
 取材後、ディレクターは楽しくて興味深い内容に編集して、週末の土曜日にペット番組の超目玉として十五分間、関西方面で放映された。
 すると、翌日は日曜日ということもあって、開店の二時間前からわんランドの入口は長蛇の列ができた。テレビ放映の影響力はこんなにも凄いのか……と、店長は感心しながらスタッフにテキパキと営業準備の指示をした。
 午前十時、スタッフが入口が開くと、お客さんはまるでバーゲンセールのように我先にと押し合い掻き分けながら、テレビで紹介されたミニチュアダックスAZの仔犬の前に集まった。あっという間に柵の周りは黒山の人だかりができた。
 仔犬はたくさんの人を見て大喜びして、可愛く尻尾を振りながら飛び回ってはしゃいでいた。
 柵の前で子どもたちは、
「わあー、めっちゃかわいい」
「見て、見て、キラキラ光ってるよ」
「こっちこっち、わんチャンこっちおいでよ」などと言って大喜びしていた。
 お客さんは子ども連れの家族が目立っていたが、中・高・大生の若い男女や年配の壮年、婦人も少なくなかった。
 仔犬の柵の前には「幸運をもたらす奇跡の仔犬」と、タイトルの目立つポスターが貼ってあった。そこには「購入を希望されるお客さまは店長までお申し出ください」と、書いてあった。

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