それゆけ忍者
【自作小説】幸運をまねく奇跡の仔犬と忍者のヒューマン物語
第一章 その11
 事務所では杉田店長と江美が、前に礼儀正しく坐っている壮年と仔犬の話をしながら、売買契約の手続きを始めた。
「重ねて落札いただいて、誠にありがとうございました」
 店長は丁寧にお礼を言った。すると壮年はゆったりした口調で、
「いえいえ、六百万円くらい私の小遣いですから」
(まぁ……嫌味なおじさんだわ)江美はそう思った反面うらやましく、(ウチも一度でいいから六百万円くらい小遣いですって言ってみたいわ)などと思いながら、契約を見守っていた。
「六百万円の決済でございますが、現金かカードでお願いいたします」
 店長は丁重に訊ねると、壮年はセカンドバックからクロコダイルの財布を取り出し、そして、アメックスのゴールドカードをテーブルに置きながら、「これで……」と呟いた。
「誠にありがとうございます。只今カード会社と手続きして参りますので、しばらくお待ちください」
 江美はコーヒーを壮年にだして、犬のしつけの話をしていると、店長が戻ってきて、
「お客さまたいへん失礼ですが、このカードはご利用できないそうなんです」
 壮年は顔色ひとつ変えず、
「おかしいですね。そしたらこちらのゴールドカードで」
 と言って、財布から取りだして店長へ渡した。
 しばらくすると戻ってきた店長が、このゴールドカードも利用できないことを告げると、壮年は困った表情をして言った、
「おかしいですな……そしたら小切手ではいけませんか?」
 店長は笑顔が消えて困った表情になった。それを感じた江美は、
「小切手でも結構ですよ」
「それは、ありがたいです」
 と、壮年が言いかけた時、江美は言葉を続けて、
「ただし、身元を証明するものを見せていただけますか。例えば、自動車免許証や健康保険証またはパスポートのいずれかお持ちではないでしょうか?」
 頷いた壮年はセカンドバックの中をのぞいて、
「あいにく今日は日曜日なので、持ってきていませんね……」
 そう言った時、江美は「しまった」と思った。
 江美は、店長に耳打ちすると静かに席を立って事務所をでた。と、同時に猛スピードで階段を駆け降りた。
そして、ドッグショーの進行をしている、里香に耳打ちした。今度は階段を駆け上り三階の事務所の扉を静かに開けた。
 すると、壮年の態度は豹変していた。壮年は膝を組んでのけぞって、たばこを吹かしながら偉そうに坐っていた。
「江美ちゃん、お客さまはもう決済はできないから、落札はなかったことにしてくれって言うんです」
 杉田店長は困った顔をして言った。すると江美は笑みを浮かべながら壮年を見つめ、
「それは結構ですが、ルール違反ということで罰金十万円をいただきます」
「そんなルール……知らん」
 壮年は天井を仰いで言葉を投げ捨てた。

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