それゆけ忍者
【自作小説】幸運をまねく奇跡の仔犬と忍者のヒューマン物語
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第四章 その13
「そうよ、ものすごく平和を愛してるわよ。平和を願うからこそ厳しい忍法の修業をして、正義のために悪を懲らしめているのよ」
「だから、江美ちゃんは怖いけど優しいところもあるんですね」
「怖いけど優しいところもって、どういう意味なの杉田店長?」
 江美は店長を睨みつけて言った。すると店長は頭を掻きながら優しいけど怖いところもあると言い直した。
「そうよ、本心はすごく優しいのよ。でも悪に対しては徹底して厳しく立ち向かっているだけよ」
 とキッパリ言った。
 そして店長の目を見つめてこぼれるような笑顔で、
「えねーわかるでしょう、杉田店長」
 今度は誘惑するような甘えた声でささやいた。
 店長はそんなおちゃめな江美が大好きだった。しかし、会社の社長の一人娘とあって正直な自分の気持ちを表現するのは遠慮していた。
「そうだ、江美さん。わたし鈴木君から付き合ってくれって告白されたの」
「えっ! で、里香ちゃんは何て答えたの?」
「もちろんOKしたわ」
 里香はこぼれるような笑顔で応えた。
「良かったわね。ウチなんか、おもしろい中村君から冗談みたいにデートしょうって言われるだけだから、どこまで真剣なんだかちっともわからないわ」
「へえー、二人とも恋が始まったのか……羨ましいな」
 と店長が呟いた。
 すると、江美は店長を見て、
「杉田店長も恋している人いるんでしょう?」
「まぁ……いないこともないですが……片思いですから……」
「へえー、片思いなの。じれったいわね……早く告白しなさいよ」
 江美がからかいながら言うと、店長は年甲斐もなく下を向いてしまった。
 三人はしばらくこんな感じで雑談していると、あっという間に午後十一時になった。
 テレビでは長いコマーシャルのあとニュースが始まった。最初に仔犬の誘拐事件を放送された。女性のアナウンサーは誘拐されたミニチュアダックスAZの誘拐犯人は大阪の新世界で逮捕された。犯人はソフト開発会社の元社長の城田幸雄・五十三歳、大沢さんに恨みをい抱いていたと思われます。しかし、誘拐された仔犬のラッキーは逃げて行方不明になったそうです。
 ラッキーに心当たりのある方は最寄りの警察まで通報してください……。最後に、ラッキーの特徴が説明されると画面にラッキーの写真が映った。
 その頃、ラッキーを助けた沙也加は、遊廓の二階の部屋でお客さんに抱かれ激しい恍惚の坩堝のなかにいた。
 一階にいたおかみさんは売上の集計でそろばんを忙しくはじいていた。
 午前十二時前、沙也加は忙しい仕事を終えると疲れ切った体を引きづり、仔犬を連れてタクシーで大国町の自宅へ帰った。

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第四章 その12
 そして、真っ赤にした目を見開いて、
「江美さん、里香さん、ご迷惑をおかけして本当に申し訳ございません」
「迷惑だなんて、とんでもないです。このような事件もアフターサービスだと思って取り組んでいますから、ご心配はご無用にしてください」
「本当に何から何まで、ありがとうございます」
「奥さま、じゃあこれで失礼いたします。何かありましたらすぐ電話してください」
 江美はそう言って大沢邸を跡にした。
 午後十時前、江美たちはわんランドへ戻ると、店長はテレビを観ながら待ってくれていた。
「お疲れ様でした。江美ちゃん、早朝から本当にご苦労さまでした」
「あーあ、久しぶりによく働いたから疲れたわ」
 江美はそう言いながらソファーに腰を落とした。
「杉田店長も遅くまでご苦労さまです。ところでニュースは?」
「おそらく午後十一時のニュースで流してくれると思うんですが……」
 給湯室から里香はコーヒーを持って来て、
「はい、お疲れ様でした」
 と言いながら笑顔でテーブルに置いた。
「ありがとう。里香ちゃんも疲れたでしょう、もう帰っていいわよ」
 江美はコーヒーにミルクを注ぎスプーンで混ぜながら言った。
「はい、でも心配だからもう少しいます」
 そう言いながら里香はゆっくりソファーに腰を降ろした。
「江美さん、鈴木君に聴いたんですけど、誘拐犯の城田を捕まえる時、めちゃすごかったんですね」
「えっ、何を聴いたの?」
「江美さんの姿はまるで漫画の忍者を見ているようで、めちゃめちゃ強かったって……」
「ふーん、そういえば鈴木君、びっくりしたような顔して見てたわね」
「誘拐犯も強かったので、もし鈴木君と中村君の二人だったら、逃げられていたって……」
「そうかも知れないわね。城田は空手四段だから相当強かったわよ」
「私も江美さんの闘っているところ見たかったわ」
 里香がそう言うと、側で聴いていた店長もコーヒーを一口飲んでから、
「俺も江美ちゃんの勇姿を見たかったなぁ……」
 顎に手をあてて呟いた。
「ウチの本心はあんまり忍法を使いたくないのよ。でも世間では仕方なく使うことが多いわね。早く忍法なんて使わなくてもいい平和な時代になってほしいわ」
「へえー、江美さんは平和主義者なんですね」
 里香はちょっと以外な顔をして言った。

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第四章 その11
 ラッキーがそんなことになっているとは知らない江美たちは、ラッキーの手掛かりさえ見付けることもできず、がっかりしながら午後八時に捜索を打ち切って解散した。その頃にはすっかり雨もあがり夜空には星が瞬いていた。
 江美と里香は急いで大沢宅を訪れた。
 心配していた奥さまに今日の状況を詳しく話すると、落胆して涙を流しながら、
「誘拐犯は捕まっても、ラッキーがいなかったなんてすごくショックだわ」
「ええ、ウチもショックです」
「江美さん、ラッキーは大丈夫でしょうか?」
「ええ、きっと大丈夫ですよ。誰かに救われたんじゃあないかと思います」
「そうだったらいいんですが……」
「奥さま、ラッキーが誘拐されて逃げ出したことをテレビのニュースで取り上げてもらうように、杉田店長に頼んでみます」
「テレビのニュースで放映……?」
「ええ、前回も幸運をもたらす奇跡の仔犬として放映されたんです。それからオークションも少し紹介してくれたんですよ。だから、そのテレビ局にお願いすれば、きっとニュースで取り上げてくれると思いますよ」
「そうだったんですか。すべて江美さんにお任せしますから、よろしくお願いいたします」
「わかりました。ちょっと失礼して店長に電話してきます」
 しばらくして、おそらく深夜か明日の朝には、ニュースとして扱ってくれるだろうと店長から連絡があった。江美はラッキーが帰って来るかもしれないと思い、奥さまに庭の照明を一晩中灯してください。とお願いしした。そして、ちょっと躊躇って、
「実は誘拐犯のことなんですが、ご主人をすごく恨んでいる壮年だったんです」
「えっ、主人を恨んでいる?」
「ええ、犯人はソフト開発会社の元社長の城田幸雄というんです。ご主人が半年前にその会社を買収したんですよ。その状況を詳しく調べたところ、どうもご主人が城田を騙して乗っ取りをしたような事実があるんです」
「えっ、騙して乗っ取りを……。それで……」
 奥さまは青ざめた顔になって呟いた。すかさず江美は、
「奥さま、それで……ということは、何か心当たりがあるんですか?」
「ええ、主人は半年くらい前から夜も熟睡できなくなって体調を崩し、人が変わったように無口になってしまったのよ。私は心配で心を痛めていたところ、仔犬のことをテレビで知ってペットショップわんランドへ行ったのよ」
 奥さまは小声でささやくようにそう言った。
「そうだったんですか。それでご主人の健康が気になるとおっしゃていたんですか」
 江美は同情するように表情を曇らせた。
「ねえ、江美さん。主人は逮捕されるんでしょうか?」
「そこまでは、ウチもわからないです。しかし、二・三日後には参考人として呼ばれるんじゃないかと思います」
「そうなんですか……」
「きっと、ご主人も城田さんと会って話しをすれば後悔すると思いますよ」
「そうだと、いいんですが……」
「奥さま、ご主人にこれだけは伝えてください。『他人の不幸の上に自分の幸福を築くことはしない』って」
「『他人の不幸の上に自分の幸福を築くことはしない』ですね、ありがとうございます」
 奥さまは感激して涙を流しながら深々と頭を下げた。

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第四章 その10
 その頃、ラッキーはずぶ濡れになりながら飛田遊廓をうろついていた。午前中は人通りが少なかったが、昼過ぎからぽつぽつ通行人が現れて来た。遊廓がずらりと左右に並ぶ通りで、一人の小柄な若い女性が傘をさして歩いていた。豪雨のため視界は悪いが、交差点からミニチュアダックスの仔犬がフラフラ歩いて来るのがぼんやり見えた。若い女性は小走りに仔犬に駆け寄り、しゃがみ込んで傘を差し出して、
「あら、どうしたのわんチャン」
 天使のような美しい声で優しく訊ねた。
 仔犬はその若い女性の顔を見て、尻尾を力なく振って「クーン・クーン」と鳴きながら、体を足元へ近づけて来た。若い女性はずぶ濡れの仔犬の頭を優しく撫でながら、
「こんなに濡れてかわいそうに、わんチャンのお家はどこなの?」
 若い女性はハンカチで仔犬の体を拭きながら訊ねると、仔犬は若い女性に甘えるように戯れついた。
(なんてかわいい仔犬かしら……)と思いながら、抱き上げると小さな舌でペロペロと若い女性の顔を舐めた。
 若い女性はまるで赤ちゃんを抱き締めるように、優しくギュッと仔犬を抱いたまま、斜め向かいの遊廓に入った。
「おはようございます」
「おはよう、あら、沙也加ちゃん、その仔犬どうしたの?」
「すぐそこの交差点にいてたの、どうも捨てられたか迷子になったようなの……」
「かわいそうに、ずぶ濡れじゃあないか、バスタオルで拭いてあげなさいよ」
 おかみさんは沙也加にそう言いながら、奥からバスタオルを持って来た。
 沙也加は仔犬の全身を丁寧に拭きながら、
「このわんチャン、毛が黄金に輝いてるわ……」
「あらまぁ、ほんとキラキラと黄金に光っているわね。珍しいミニチュアダックスだわね」
「でも、こんな珍しいわんチャンが、どうして……? 天から降って来たのかしら?」
「まさか、そりゃないでしょうけど。ねえ、沙也加ちゃん、わんチャンお腹空いてるんじゃないかしら?」
「そうかもしれないわ。歩き方がフラフラだったから」
 おかみさんは、奥から牛乳を入れた容器を持って来て、仔犬の前に置いた。すると仔犬はお坐りして舌を出して欲しそうに牛乳を見つめている。
 おかみさんと沙也加は目を合わせて首を傾けた。
 沙也加は何気なく、容器を持ちあげて降ろす時「よし」と言った。すると、仔犬は尻尾を激しく振りながら夢中で牛乳を飲み出した。あっという間にたいらげてしまった。
 いつまでも空になった容器を舐めているのを見ていた沙也加は、
「あの……パンはないですか?」
「食パンならあるわよ」
 おかみさんはそう言いながら奥から食パンと牛乳を持って来た。
 沙也加は容器に食パンを細かくちぎって入れ牛乳をかけた。
 そして、「待て」と言って容器を置くと、仔犬はお坐りして待っていた。
「よし」と言うと、大喜びして食べ出した。
「沙也加ちゃん、この仔犬きっちり『しつけ』してあるわね」
 おかみさんは感心しながら言った。
「ええ、『しつけ』しているということは、きっと捨犬じゃあないわね」
 寂しそうに沙也加は小声で言った。
 沙也加は家庭の事情で月々まとまったお金が必要だったので、一年前からこの遊廓で働いていた。
 小顔で瞳は大きく人形のようにかわいい、体は小柄だが、乳房とお尻が大きく腰は細く引き締まっていた。性格も優しく良く気がついて男性に奉仕的だったので、今ではこの遊廓界隈では人気ナンバーワンになっていた。やって来るお客さんは、沙也加のことをエロかわいい女性として贔屓にしていた。

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第四章 その9
 鈴木は平気な顔をしていたが、里香はむかついて仕方がなかった。
「ねえ鈴木君、今のお客さんの言葉に腹立たないの?」
「別に何とも思わないよ」
「えーえ、だってあきらかに軽蔑したような言葉でしょう」
「世の中には、警官を馬鹿にしたり毛嫌いしたりする人も結構いるんだよ」
「ふーん……」
 里香はそれでも納得できない表情をして呟いた。
「僕も警官になりたては里香ちゃんのように怒ったけど……、いちいちそんな言動に怒っていたら切りがないと思い直したら、もう平気になったんだ」
「そうなんだ」
「里香ちゃん、もうパチンコ店での聞き込みは止めようか?」
「えっ、どうして?」
 里香が訊ねると、鈴木はお客さんはパチンコに夢中で、他人のことには関心がないような人が多いから……。とりあえず、新世界の街を巡回しながら捜索した方が効率がいいと思う、と答えた。
「そうね、里香も同感だよ」
 同年代の二人は何かと相性が合った。まるでデートをしているような気分で楽しく捜査をしていた。
 二人は人通りの少ない場所に来た時、鈴木が突然振り向いて、
「里香ちゃん、彼氏いるんですか?」
「いいえ、今はいません」
 それを聞いた鈴木は緊張した表情で、
「そしたら……あの……実は……」
 と言いながら、次の言葉が出ない。
「どうしたの? 鈴木君」
 里香はこぼれるような笑顔で訊ねた。
 その笑顔を見た鈴木は勇気を振り絞って、
「里香ちゃん、俺と付き合ってくれませんか?」
 と言った鈴木の顔は真っ赤になっていた。
 里香は、そんな予感がしていたので笑顔で、
「いいわよ、嬉しいわ。ありがとうございます」
「あーあ、良かった。こちらこそ、ありがとうございます」
 鈴木は子どものよう含羞んで言った。そして、溌剌と捜査を始めた。
 どんべえは人間が通れない都会の獣道のような狭い路地や隙間を嗅ぎ回って捜査していた。しかし、豪雨のためラッキーの匂いが流されているので、どんべえの鋭い嗅覚でさえも役に立たなくなっていた。まったくラッキーの形跡すら見付けることができず街を彷徨っていた。
 江美から無線が入ると、どんべえは耳をピクピク動かして、
「クーン……まったくわからない」と、言うように鳴くしかなかった。

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第四章 その8
 中村は、憧れの江美と二人っきりで行動しているので、無邪気な少年のようにうきうきしていた。
(このままずっとラッキーが見付からなかったらいいのに……)などと、不謹慎なことを思いながら捜査していた。
 それを鋭く見抜いた江美は、
「中村君、もっと真剣に捜査してよ。どうも心が舞い上がっているように感じるわ」
 ドッキとした中村は、(江美さんは人の心まで鋭く見透かしている。油断ならない女性だ……)と、関心しながら、
「どうもすんまへん。江美さんと一緒やから、もうドキドキして……」
「そうなの、中村君って純情なのね」
 そう言いながら、江美はクスクス笑い出した。
「もーう江美さん、からかわんといてください」
 中村は頭を掻きながら照れていた。
「中村君、その照れた顔がめちゃかわいいわ……」
「江美さん、堪忍してえや……。真剣に捜査しますさかい」
「わかったわ、ごめんなさいね。でも、これが解決すれば一緒に飲みに行こうね」
「えっ、ほんまでっか?」
「本当よ、中村君すごく頑張ってくれているから……。この前、言ったこと忘れていないわよ」
 江美はこぼれるような笑顔で応えた。
 それから、中村は人が変わったように真剣に聞込みを始めた。
 道行く人たちに手当たり次第、ラッキーの写真を見せて訊ねていた。しかし、まったく手掛かりになるような情報はなかった。
 一方、鈴木と里香は自転車を降りて、徒歩で新世界の飲食店やパチンコ店に入り、お客さん一人ひとりにラッキーの写真を見せて訊ねていた。里香は初めての経験なので、緊張してドキドキしながら鈴木に寄り添っていた。
 あるパチンコ店に入ると場内は超満員、クラブでかかるような音楽がガンガン響き、客を盛り上げるアナウンスが流れていた。場内は叫ぶように話してやっと聴き取れる状態だった。
 鈴木はパチンコに熱中しているお客さんへ、
「すみません、この仔犬を見かけたことないですか?」
 里香から送信してもらった携帯電話の写メールを見せて叫ぶように訊ねた。
 お客さんは警官だと知るとそっけなく、
「ない、ない」
 左手をバイバイするように振って答えていた。
 ある壮年のお客さんからは、
「えっ、仔犬がどないしたんや?」
「実は、誘拐されて迷子になったです」
「ふーん、そうかいな。警察は迷子の仔犬なんか捜している暇あるんか?」
 煙草をふかしながら嫌みを言われた。

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第四章 その7
 さらに、城田は怒りを抑えながら話しを続けた。当時いた三十数名の社員の生活を守るため止む終えず、役員全員が会社から身を引くことにした。それを引換にヤミ金融の返済の話しを大沢にすると、城田個人の借金だから会社とは関係ないと突き放され無視された。
 結局、ヤミ金融の強引な取り立てに追われるはめになり、家族に迷惑がかからないように一家離散した。そして、ヤミ金融から逃れるため、あいりん地区に身を隠した。
 最近になってクレームの原因は大沢が社員と結託して企んだ乗っ取りのシナリオだったことがわかった。何としても、大沢へ仕返しをしたくて子犬を誘拐した。大沢を脅迫してヤミ金融の返済分でも巻き上げようと思っていた。と、城田は悔し涙を流しながら語った。
「そうだったの……ほんとうに大変だったんですね。悔しい気持ちはよくわかります。でも……だからと言って誘拐はよくないわよ」
 江美は同情しながらも罪を戒めた。
「それはよくわかっています。でも……今の俺には子犬を誘拐することしか、大沢への仕返しができないと思ったんです」
「そんなことないわよ。他に方法はあるんじゃないの」
「何回も電話したが、会ってくれないんだ」
「大沢さんは逃げてるのね」
「逃げてると言うか、俺を無視しているんだ。だから、強行に仔犬を誘拐したんだ」
「城田さんの気持ちはわかるけど……で、盗んだ仔犬はどこにいるの?」
「それが、逃げられたんです」
「えっ、逃げた!」
 江美は驚いて叫んだ。中村と鈴木も江美と唱和するように叫んだ。その瞬間、天空を切り裂くように稲妻が走った。そして追いかけるように轟音が大地を揺るがした。江美の心は雷より激しく衝撃を受けた。
「仔犬はいつ、どこで、逃げたの?」
「昨日の夜十時頃、さっきの商店街で逃げられました」
「昨日の夜……商店街で……」
 江美は困惑した表情で呟いた。そして、城田の首のツボを人差し指で鋭く突いた。しばらくすると城田は頭を激しく左右に振って手足も動き出した。
 しかし、感応の術だけは城田の心に深く残すことにした。十日もすればこの術は自然に消え去るが、それまでに必ず改心するだろうと江美は思った。
 しばらくするとパトカーがやって来て、観念した城田を西成警察署へ連行した。
 ラッキーが逃げた商店街から、三班に手分けして本格的に捜査することにした。一班は江美と中村があいりん地区方面、二班は急いで駆け付けて来た里香と鈴木が新世界方面、三班の忍者犬どんべえは自由に捜査させることにした。中村と鈴木は警察官の制服に着替え、江美と里香は婦人警官の制服を借りて、午前十時頃から豪雨のなかカッパを着て捜査を始めた。

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第四章 その6
 江美は大きく息を吸って肺の空気をゆっくり吐き出した。そして観念したように、城田の首のツボを人差し指で強く押した。
 すると、城田は「ウッ、ウッ」と呻いて、体が人形のように硬直してしまった。だが、目と口だけは動いていた。
 城田の目をじっと見つめていた江美の瞳がキラキラと光り輝き出した。そして、城田の目を釘付けにした。
 ……そのまま三分が過ぎた。
 城田の瞳は血走ってトロンとなっていた。
「あなたは元社長の城田さんですね」
「はい、そうです」
 その不思議な光景を見ていた中村と鈴木は目を見合わせ、不可解な顔をして首を傾けていた。
 これぞ、くノ一忍法「感応の術」。この術は江美の素直な心が相手の心に感応して、素直な心にさせる忍術だった。
「城田さん、大沢さんの仔犬を盗んだんですか?」
「はい、盗みました」
「仔犬はどこにいるんですか?」
 城田は悲しい表情をしてそれには答えず、静かに口を開いた。
「実は、大沢に騙されて会社を乗っ取られたんです」
「えっ、騙された? 詳しく聞かせてくれますか?」
 江美が同情して優しく訊ねると、城田は身動きできない壊れたロボットのように、口だけをパクパクして話しを続けた。
 それは、三年前から大沢の会社と取引が始まり、順調に売上が伸びて会社の設備投資や優秀な人材を増やしていった。そして、大沢が応援するからと言う口約束で、携帯電話のソフト開発に約一年間全力で取り組んだ。計画では大きな利益をあげれるはずだったので城田は少ない私財をつぎ込んで真剣に取り組んだ。しかし、支払いは大沢から再三クレームをつけられ延ばし延ばしにされた。
 あと二ケ月後には、大沢から五千万円支払うと言うことを確認したので、人件費や営業経費が底を突いて足らない一千万円を安易な考えで、ヤミ金融を利用して城田個人で借りてしまった。しかし、約束の日になっても大沢は理不尽なクレームをつけて五百万円しか払ってくれなかった。ついに資金ショートして、会社の運営ができなくなった。
 大沢はそれを待っていたように、会社を存続したければ、クレームの責任を取って役員全員が辞めたら会社を救おうと条件を出してきた、と語った。
「大沢さんはなんて卑怯な汚いことをするのかしら」
 江美は激しい怒りが思わず大きな声になってしまった。雨は激しさを増し、みんな水をかぶったようにずぶ濡れになっていた。

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第四章 その5
 城田はすかさず攻撃の構えをした、さすがに空手四段の有段者だけあって隙がない。
 一方、江美は隙だらけの無我の境地で立っていた。江美の頬にぽとりと雨粒が落ちた。突風が吹き抜けて木々がザワザワと音を立てた。
 どんべえはお坐りして二人の闘いをじっと見ていた。息をはずませて中村と鈴木がやっと追いついて来た。
 緊張した雰囲気のなかで、城田と江美は睨み合って立っていた。そんな空気のなかに入り込めず、中村は唾をゴクリと呑んで、呆然と成り行きを見つめるだけだった。
 突然、「ヤッ!」と絶叫した城田は、江美の顔に向かって鋭い鉄拳を数発くり出した。
 江美はそれを間一髪の見切りをつけて躱した。続いて、素早い回し蹴りが顔面に近づいた瞬間、江美は俊敏にとんぼを切ってそれを躱した。城田は阿修羅の形相になって、江美に激しく攻撃をするが、ことごとく空を切るだけだった。
 江美はとんぼの回転を速めると、ふぁーと鳥のように舞い上がった。見上げると五メートルもある木の枝の上に立っていた。
 驚愕した城田は絶叫した。
「きさま、忍者か?」
「そうよ。ウチは忍者くノ一、服部江美。もう許さないわよ」
「な、なんだと……」
 城田はあとずさりしながら呟いた。
 江美は木の枝をバネに高々と舞い上がると、城田の頭上でクルリと一回転して、城田の背中を力任せに蹴り上げて着地した。城田は「ウッー」と呻きながら、膝から崩れ落ちた。
 中村はその光景をぽっかり口を開けて呆然と見つめていた。鈴木は驚きを隠せず小刻みに身震いしていた。
 着地した江美は中村を見て、
「あら、見てたの中村君。さあ、城田を逮捕してくれない」
 と、こぼれるような笑顔で言った。
 中村はその江美の笑顔を見て激しく心臓が高鳴った。
(あかん、もう完全に惚れてしもうた)と、腹のなかで呟いて赤面した。
「中村君、何をボーと立ってるの、早く手錠をかけてよ」
「は、はいっ。えらいすんまへん」
 中村は慌てて内ポケットから手錠を取り出して、気絶している城田の両手にかけた。
 江美は城田を起こして背中に膝で喝を入れた。すると城田は呻きながら意識を取り戻した。両手に手錠をかけられているのに気づくと観念したように頭をうな垂れた。雨は大粒になり激しい雨音に変わった。
「あなたは、元社長の城田さんに間違いないわね」
 江美は一段と声を大きくして訊ねると、城田は俯いているだけだった。
「大沢さんの仔犬を盗んだの?」
「……」
「もう、観念して白状しなさい」
「……」
「おい、城田ええかげんに白状せえ」
 中村は苛立って城田の胸元を掴んで叫んだ。
「……」
 城田はじっと頭を垂れて沈黙していた。

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第四章 その4
 しばらくすると城田が目を醒ました。
 側にいた中村は気さくに、
「おっちゃん、缶コーヒーでも、どうでっか」
 城田の前に差し出した。
「おおきに、すまんなぁ」
 城田はそれを受け取って、美味そうに飲んだ。
 すると鈴木が、
「おっちゃん、パン食べない?」
 そう言いながらそっと置いた。
「おおきに、いただくわ」
 城田は美味そうにパンも食べ出した。
 こんなことをしながら城田を拘束していると、南の方からこちらへ猛スピードで駆けて来る影が見えた。
 影は中村たちの前でピッタと止まった。
 影が止まると周囲は花が咲いたようにパッと明るくなった。
 この商店街にこんな美しい女性が現れることは、夢のようなことだった。坐っていた城田は見上げて、影に見とれて唖然としていた。
 影はピンクのTシャツにジーンズ姿の江美だった。
「中村君、鈴木君ご苦労さまです」
 江美はそう言って、しゃがんでどんべえの頭を撫でて「ご苦労さん」と、ささやいた。
 そして、城田を見つめて微笑んだ。
「おはようございます。元社長の城田さんですね」
「えっ……」
 城田は絶句した。江美はすかさず訊ねた。
「城田さん、盗んだ仔犬はどこなの?」
「……」
 城田は素早く立ち上がり、側にいた鈴木をはね飛ばして逃げ出した。
 猛追するどんべえのうしろには江美、そのうしろには中村と鈴木が必死で走っていた。どんべえは大きくジャンプして城田の背中に飛びついた。しかし、城田は上着を脱ぎ捨ててどんべえを振り払い疾走した。
 どんべえはトップギアに切り替え、ものすごいスピードで城田を追い越した。数十メートル走って素早く振り向いたどんべえは城田へ激しく吠えて牙をむいた。城田は怯む様子もなく、どんべえに向かって足蹴りを炸裂させた。
「キャン」と鳴いたどんべえは、斜めうしろへ大きくジャンプして間一髪でそれを躱した。
 それを見ていた江美は走行するスピードを上げて城田を猛追した。城田は商店街を抜けて小さな公園に入った時、城田の頭の上を鳥のような影が掠めた。疾走する城田の前をひらりと舞い降りた影は江美だった。
「逃げても無駄よ、観念しなさい」
「なんやと」
 怒鳴った城田は、江美めがけて飛び膝蹴りで攻撃した。それをしなやかにとんぼと切って躱した江美は、
「往生際が悪いのね」
 微かな笑みを浮かべて小声で言った。

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