それゆけ忍者
【自作小説】幸運をまねく奇跡の仔犬と忍者のヒューマン物語
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第三章 その10
「江美さんは僕には雲の上の人ですから……中村先輩に任せます」
「そや、鈴木は見る目あるなぁ……まぁお互い頑張ろうな」
「はいっ、頑張ります」
 二人はすっかりアルコールが回っていい気分になり、串カツ屋を出てジャンジャン横丁をフラフラしながら捜査を始めた。そして、あいりん地区へ向かった。
 この地域は愛称であいりん地区と呼ばれ地図のどこにも載っていない。どこからどこまでというはっきりした境界はないが、ほぼ大阪市西成区萩ノ茶屋周辺のJR大阪環状線・新今宮駅より南に位置する地域といわれている。
 この地域は西日本最大のドヤ街・寄せ場(日雇労働者の就労する場所)となっている。人口は二万人程だと推測されるが、景気や季節により変動が激しい。景気が悪ければ労働者は長期契約で出稼ぎにも行く、冬になれば体力のない人間は道端で死んでいるのも珍しくない。
 小一時間後、二人は陽が暮れ始めたあいりん地区をキョロキョロしながら歩いていた。鈴木は興奮した口調で、
「話しでは聴いていましたが、こんな所とは……ものすごい地域ですね」
「そうやろ、若い女性は一人もおらんやろ、まさに日雇労働者の街やなぁ」
「自動販売機も安いですね……コーヒー八十円、お茶は六十円になっていますね」
「見ろよ……あそこのホテルは一泊千四百円やで」
 中村が指差して言うと、鈴木も指差して、
「あ、あそこの旅館は一泊七百円ですね……めちゃ安いですね」
 驚きの声で言った。
 すると中村は、
「鈴木、今晩はもっとええとこで泊まろうか?」
「もっとええところって……どこにあるんですか?」
「あるで、青カンやがなぁ」
「えっ、青カンって、もしかすると野宿ですか?」
「そうや当たりや、三角公園の中で泊まるんや。あいりん地区の社交場といわれている場所やから、何か情報が掴めるかも知れんからなぁ」
「ちょっと怖いですね」
「鈴木、何が怖いや、お前は警察官ということを忘れたのか?」
「忘れた訳ではないですが、初めての経験だから……ちょっと……」
「俺がおるから安心せい、アルコールと食べ物を餌に手掛かりを掴む絶好の場所やからな」
「中村先輩、わかりました。腹をくくって頑張ります」
 やがて、中村と鈴木は弁当とカップ酒や缶ビールをどっさり買って三角公園に入った。
 ステージ前で日雇労働者四人が賑やかに話しをしていた。
「こんばんは、ここに坐ってもいいでっか?」
 中村は大きな声で訊きながら、勝手に坐ってしまった。鈴木も遠慮がちに中村の横へ腰を降ろした。二人は弁当を取り出し、ビールを飲みながら食べ出すと、周りの四人がゴクリと喉をならしてじっと見ていた。

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第三章 その9
「えっ……?」
 鈴木は怪訝な表情をして中村を見つめた。すると中村は、
「ここでは本職を忘れてしゃべらんとあかんで」
 鈴木の耳に口をあててささやくように言うと鈴木は納得したように頷いた。
 中村は急に子どものような笑顔になって、
「それにしても、楽しい仕事になってきたなぁ……酒は飲めるし美味いもん食えるし、なぁ……鈴木、お前も楽しいやろ」
「はぁ……僕はこう言うところ、初めてですから、楽しいとまではいきませんが……」
「まぁ、そのうち楽しくなるで……。おっちゃん生ビールおかわり」
「ところで先輩、元社長はほんまにここに居てるんですかね」
「そや、すっかり忘れてた。元社長の捜査に来たんやったな。江美さんの第六感はすごいらしいから恐らくここにおるで」
「中村先輩、噂で聴いたんですが、江美さんすごく強いそうですね」
「強いちゅうもんとちゃうで、忍法を使うから人間離れした強さらしいで」
「……らしいということは、中村先輩も見たことないんですか?」
「ない。でも、こうして一緒に捜査できるだけでも光栄なこっちゃで」
「光栄なんですか?」
「そりゃそうやろ……あんな美人で可愛くて強い江美さんと一緒やで……」
「まあ、そうですね……」
 鈴木は気のない返事をした。
 すると中村は鈴木の肩をこついて、
「おい鈴木、ほんまに光栄と思ってるんか?」
「中村先輩ほどは……思ってません」
「実はなぁ……俺、江美さんに一目惚れしたんや」
 中村は苦笑しながら心の内を洩らした。
「それで、光栄なんですか」
「ほんま江美さんは、『鼻もしたたるええ女』やで」
 それを聴いた鈴木はゲラゲラ笑って、
「中村先輩、それは『水もしたたるええ女』と違いますか」
「そうやったかなぁ……。江美さんのこと思うだけで鼻の下がのびるんや……」
 中村は鼻を撫でて照れながら言った。
 すると鈴木も、
「実は、僕も里香さんに一目惚れしたんです」
 我慢できなくて白状してしまった。
「なんやと……里香さんに……。愛嬌あってかわいい子やないか」
「中村先輩もそう思いますか?」
「うん、江美さんには負けるけど、ええ子やないか」

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第三章 その8
 新世界ではソフト開発会社の元社長の顔写真とプロフィールを見ながら頭にインプットした中村は鈴木へ手渡した。顔写真は前の髪の毛が薄くおでこが広く見える、目は細く鼻が高く引き締まった口元、どちらかと言えば精悍な顔立ちをしている。
 メモには城田幸雄、年齢は五十三歳、身長は百七十センチでやや細身。空手四段でスポーツ万能。男気のある性格でちょっと言葉遣いは荒い、と書いてあった。
 中村と鈴木はこれだけの情報を頼りに、キョロキョロしながら通天閣を通り過ぎてジャンジャン横丁へ向かった。
 ジャンジャン横丁は、正式には南陽通商店街といわれている。浪速区の最南端に位置して、太陽の光が燦々とふりそそぐ通りということで命名されたそうだ。
 昔は通天閣(浪速区)と飛田遊廓(西成区)を結ぶ道筋に当り、戦後まもなく飲み屋や射的の店が立ち並んで、遊廓へ行く客に向かって三味線でジャンジャン、太鼓でドンドン、小太鼓でテンテンと鳴り物入りで客引きをしたことから、ジャンジャン横丁またはジャンジャン町と愛称がついたそうだ。
 この横丁の名物は安い串カツ屋や居酒屋が軒並みあることだった。
「おい鈴木、ジャンジャン横丁やで……どや、あそこの串カツ屋で一杯ひっかけるか?」
「中村先輩、まだ四時過ぎですから……ちょっとアルコールは……」
「何を言ってるんや、今は日雇労働者になりきるのが仕事やないか、江美さんも本物の日雇労働者になれって言ったやないか」
「まぁ……そういうことですよね。そしたら、一杯だけでも飲みましょうか」
 酒好きの中村の屁理屈に負け、鈴木もその気になって串カツ屋へ入った。
「まいど! 何しまっか」
「生ビールしてんか」
「へい、生二丁おおきに」
 二人は立ったまま美味そうに生ビールを飲みながら、カウンターのカゴに盛ってある肉、エビ、ホタテや野菜の串カツを食べ出した。
「中村先輩、串カツめちゃ美味いですね」
「そうやろ、ジャンジャン横丁の串カツは日本一安くて美味いんやで」
「このソースがなんとも言えないコクのある味ですね」
「あかん、あかん、鈴木。ソースの二度づけは、あかんで」
「えっ、二度づけは駄目なんですか?」
「ほら、貼り紙があるやないか」
 中村が壁の紙に指差した。そこには大きな字で「当店はソースの二度漬けはお断りしてます」と書いてあった。鈴木は不思議な顔をして、
「中村先輩、何で二度づけ駄目なんですか?」
 と訊ねると、中村は生ビールをグッと飲んで、
「鈴木は初めてやから、わからんと思うが、このソースの容器は鈴木だけのためにあるんと違うんや、みんなが一緒に使うんや、そやさかい二度づけしたら衛生によくないし汚いから禁止なんや」
「そうだったんですか、了解しました」
「こら鈴木、了解しましたは駄目だぞ」

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第三章 その7
 その頃、大沢邸ではいつもの小学生たちがラッキーと遊びにやってきた。奥さまは子どもたちに何と言おうか迷っていたが、思い切ってラッキーがいなくなったことを正直に話した。
 それを聴いた子どもたちは驚いて、
「家出したのかな? そんなはずないよね」
「誘拐されたの?」
「ラッキーどこにいるのかな?」など、
 みんな心配しながら思い思いに口ばしった。なかには大声で泣きだす子どもまででてきた。
 奥さまは悲しむ子どもたちに心が痛んで、
「心配かけてごめんなさいね。でも、今、ラッキーを捜してもらっていますから、直ぐに帰ってくると思うわ」
 と、心と裏腹のことを言って子どもたちを慰めた。
 しかし、子どもたちは不安で仕方がなく、みんな輪になって集まりひそひそ相談を始めた。
 しばらくして、小学三年生の山田奈々が、
「おばちゃん、私たちもラッキーを捜しに行くことに決めました。いいでしょう」
「ええ、捜してくれるの?」
「うん、ラッキーはきっと寂しがっていると思うから」
「そうね……ラッキーも寂しくて泣いているかもしれないわね」
「うん、ラッキーかわいそうだから……捜しに行くよ」
「奈々ちゃん、ありがとう」
 そう言った奥さまの目に涙がきらりと光った。
「さあ、みんなラッキーを捜しに行くよ」
 奈々は大声で呼びかけると、みんなは「オー」と手を高々と挙げた。
「じゃあ、おばさん行ってきます」
 子どもたちは走って庭からでて行った。
「気をつけてね、無理しては駄目ですよ」
 奥さまは子どもの背中を追いかけるように、声を投げかけた。
 しばらくすると、帝塚山の街に「ラッキー、ラッキー」と呼びかける黄色い声がこだました。
 行き交う人たちは驚いて怪訝な顔をして見つめていた。
 なかには親切に、
「みんなどうしたの?」
 と、心配そうに婦人や壮年から訊ねられることもあった。
 すると、奈々は両手を広げてこんな大きさで、黄金のミニチュアダックスの仔犬のラッキーがいなくなったので捜しているんです。知りませんか? と、反対に訊ねて歩き回っていた。
 陽が沈みかけた頃、奈々は涙を流しながら必死で絶叫していた。しばらくするとみんなも奈々につられて泣きながら叫んでいた。
 子どもたちの捜索は帝塚山とその周辺だけだったが、必死な子どもたちの姿を見た大人たちは誰もが同情していた。
 声も枯れた奈々たちは、遂に陽が暮れ薄暗くなってもラッキーを見つけることができなかった。仕方なく泣き泣き諦めて解散した。

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第三章 その6
 中村は困った表情をして、
「江美さん、そんなこと言わんと協力させてなぁ」
「ほんと、協力してくれるの?」
「あたり前でんがな、江美さんのお願いなら何でのするさかい。で、変装って……何になるんでっか?」
「日雇労働者よ」
「えっ、日雇労働者でっか」
「そうよ、日雇労働者になって新世界やあいりん地区で元社長を捜して欲しいの」
 中村と鈴木は顔を見合わせて情けない顔をした。
「何を情けない顔してるのよ。日雇労働者を馬鹿にしてはいけないわ。いろいろ事情があってこの地域で必死で生活しているんだと思うわ」
「おっしゃる通りです。喜んで日雇労働者になりまっさ」
「よかった……ありがとう中村君、鈴木君。いくらウチが変装できても男の日雇労働者にはちょっとなれないから……助かるわ、感謝します」
 江美はこぼれるような笑顔で言った。
「江美さんにそんなに喜んでもらえるんやったら……もう死ぬ気で頑張りまっさ」
 中村は気合いの入った顔をして言った。
 すると江美はにこにこ笑いながら、
「別に死ぬ気で頑張らなくてもいいから、本物の日雇労働者になりきって、早く元社長を捜してちょうだいね」
「はいっ、では日雇労働者になりきって捜査します」
「ところで、中村君はあいりん地区へ行ったことあるの?」
「まぁ、近くの飛田に行ったついでに、ブラブラしたことはありまっせ」
「えっ……飛田? 聴いたことあるわね。いかがわしい場所じゃなかったの?」
「いかがわしいとは失礼な……、飛田遊廓があるお陰で、性犯罪が減ってまんねんで」
「で、中村君はその遊廓に入ったことあるの?」
「あたり前でんがなぁ、まあ……人生経験ちゅうもんでんな」
「何が人生経験よ……、エッチね」
「エッチと言われればエッチやけど、男は無性に女が恋しくなるんですわ。なぁ……鈴木も、そうやろ?」
「中村先輩ほどでは無いですが……まあそういうときもあります」
 鈴木は赤面して小さな声で言った。
 中村は大きく頷いてから真剣な表情になって、
「江美さん、俺はいつも感心してるんやけど、遊廓にいる若い女性はみんな気立ての良い子ばっかりなんですわ」
「もう……恥ずかしいからその話し止めて」
 江美は赤面した顔を両手で隠して言った。
「江美さん、ウブでんなぁ」
「もう……怒るわよ中村君。そんなことどうでもいいから、しっかり捜査してよ。間違っても遊廓に寄らないでね」
「はいっ! 了解しました。では、行って参ります」
「ちょっと、待ってよ……その恰好じゃ警官じゃないの。近くの古着屋さんで服を買って、日雇労働者に変装してくれる。はいこれ運転資金よ」
 江美は財布から一万円札を十枚取り出して中村に渡した。
「江美さん、こんなにも運転資金はいりまへん」
「何を言っているのよ、元社長を見つけるまでは帰ってこれないんだから」
「えっ……見つかるまで帰れない、そんな……」
「そうよ、だからこそ真剣に捜せるじゃないの。望月警視にはちゃんと話してあるから心配しないで思い存分、捜査してね」
「それじゃ元社長が見つかって、無事ラッキーを救えたら、デートしてくれまっか」
「何を言ってるのよ……でも、中村君が頑張ったら考えてもいいわよ」
「ほんまでっか。では、頑張って捜査しまっさ」
 それから一時間後、中村と鈴木は薄汚れた作業服にタオルを首に巻いて日雇労働者の恰好をして新世界をうろついていた。

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第三章 その5
 すると突然、車の助手席のドアが開いて、
「あぁ……疲れたわ、どっこいしょう」
 と言いながら、お婆さんが車に入って来た。
「あらあら……おまわりさん、こんにちは」
 お婆さんはにこやかにあいさつをした。中村は不思議な顔をして、
「こんにちは、お疲れさまです。お婆さんも里香さんの仲間でっか?」
「いいえ……仲間じゃなくて、里香の祖母なんですよ」
 警官の中村は驚いて、
「申し遅れました。私は警察官の中村隆司、隣は後輩の鈴木博之でございます。どうぞよろしくお願いいたします」
「あら、標準語も話せるじゃあないの」
 と笑いながら、お婆さんはかつらと仮面をとった。
「何だ……江美さんだったんでっか」
「何だとは、何よ……江美で悪かったわね」
「それにしても、見事な変装ですなぁ。全然、気がつきまへんでした」
「誉めてくれてありがとう……中村君も変装したい?」
「江美さんの命令なら変装でも何でもしまっせ」
「ほんと……よかった。来てもらった甲斐があるわ」
 江美が言うと、中村と鈴木は目を合わせて神妙が顔をした。
 にこにこ笑っていた江美も急に真剣な表情になって、里香に大沢の会社の調査状況を訊ねた。
 里香は簡潔に調査内容を説明した。
 江美は聴き終ると、
「やはり……会社買収で大沢を恨んでいる人物がいるようね」
 と、呟いた。
 江美が大沢を尾行してわかったのは、間違いなく新世界付近へ人を捜しに来ていたことだった。串カツ屋をのぞいたり、店員や歩いている人に何か訊ねたり、キョロキョロしながら天王寺動物園の方へ行ったので、江美はこのまま尾行するより、里香に頼んだ調査を聞いて、警官に協力してもらう方が賢明だと考えて戻って来た。
 みんなの話をまとめると、ソフト開発会社の元社長とラッキーを誘拐して北へ向かった年配の男、そして大沢が新世界へ誰かを捜しに来た。この三つはひとつの線でつながっているように思えてならなかった。
「里香ちゃん、ところでソフト開発会社の元社長の城田幸雄は、今どうしているか調べたの?」
「はい、それが……会社買収されてから離婚して、今は行方不明だそうです」
「行方不明……? やっぱりここだわ、ここにいるんだわ」
「江美さん、ここにいるって……元社長がでっか?」
「そうよ。新世界かあいりん地区にいるのよ……きっと。だから、大沢さんが真っ先にここに捜しに来たのよ」
「里香ちゃん、元社長の写真はないの?」
「あるわよ……これです」
 プリントアウトした顔写真を見ながら江美は、
「さすが……里香ちゃんね、ありがとう。やっぱり中村君と鈴木君の出番だよ」
「ええ……なんでっか?」
「それはね……中村君がしたかった変装よ」
「いや、別にしたくはないでんがなぁ」
「じゃあいいわ、もう帰って」
 江美は口を尖らせすねた顔をして言った。

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第三章 その4
 大沢は新世界の通天閣の側にあるパーキングにベンツを駐車して、南の方向へ歩き出した。江美のワゴン車も近くのコイン駐車場に車を止めた。そして、江美は素早くお婆さんに変装した。どんべえもかわいい服を着せて変装させ、散歩をしているように見せかけて大沢の尾行をすることにした。
 江美は里香にインターネットで大沢の会社の最新情報を調べることを指示して、車を飛び出して大沢を追った。
 しかし、大沢の姿はもうどこにもない。だが、どんべえが側にいるので安心だった。どんべえの鋭い鼻で大沢の匂いを嗅ぎつけ尾行を始めた。
 里香は大沢が代表取締役社長をしている会社を特殊な検索方法で調査を始めた。メインは建設会社だった。そのグループ会社に設計事務所、健康食品、ソフト開発などがあった。
 情報を調べていくと大沢は企業買収にも関わっていることがわかった。この五年間で三社の企業を傘下にしていた。
 半年前にも一社を傘下にしていた。その会社は大阪市内にあるソフト開発だった。現在、社員五十数名で主に携帯電話関連のソフト開発を中心に事業も展開していた。
 近い将来、携帯電話を利用したさまざまなサービスが新しい情報化社会を創っていくだろう。そこに、大沢は目をつけて傘下にしたのだろうと思える。詳しく調べていくとソフト開発会社には傘下にする以前の役員が一人も入っていないことがわかった。(どうもこの会社買収はきな匂いなぁ)と、里香は思いながら検索をしていった。すると、ソフト開発会社の元社長の情報が詳しく載っているサイトが見付かった。
 突然、車の窓ガラスを「コンコン」とノックする音がした。外をのぞくと二人の警官が笑顔で手を振っていた。
「あれ……よくわかったね」
 里香はドアを開けて訊ねた。
「そりゃ……腐っても警官やから、里香さんの芳しい香りを嗅ぎつけて来たんですわ」
「ウソばっかり、江美さんに聴いたんでしょう」
「ちょんバレですなぁ……まあそう言うことですわ」
「さあ、車に入ってちょうだい」
 中村は車内に入ると驚いて訊ねた。
「里香さん、うしろに並んでいる液晶モニターはなんでっか?」
「これは、追跡装置、遠隔操作、情報収集などができる最新機器よ」
「いや……びっくりしましたわ。まさか車にこれだけの装置があるとは……」
「この車の外観は普通に見えるけど、すべてが特注なのよ。エンジンは六千CCで三百キロは軽く出るわよ。それにボディーと窓ガラスはすべて防弾にしてあるの」
「そうでっか……ほんますごいでんなぁ」
 そう言いながら、中村は目を丸くしていた。里香は言ってしまったことを後悔しながら、
「これは、秘密だからここだけにしてちょうだいね」
 と、拝むようにお願いした。
「わかりました。あの……ついでにもうひとつ聞いてもいいでっか?」
「いいわよ」
「噂では、江美さんは忍者くノ一って、それはほんまでっか?」
「えっ、誰に聴いたの……?」
「望月警視が、ぽろっと伊賀に江美と言う名のすごい忍者くノ一がいてるってもらしてましたから」
 中村がそこまで知っているならまあいいかと思って、口の軽い里香は、
「……本当よ」
 と言ってしまった。
「やっぱり、そうでっか」
 中村は目を輝かせて里香の涼やかな目をじっと見つて頷いた。

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第三章 その3
 二人の若い警官は仕方なく西成署へ戻る途中、バイクがガス欠になりそうなのでガソリンスタンドへ給油に寄った。中村は期待もせずこのガソリンスタンドの若い女性スタッフにラッキーの写真を見せると、
「あれ、この仔犬、今朝九時過ぎに見かけましたよ。自転車の前カゴに乗っていましたよ」
「えっ、自転車?」
「そうです。年配のちょっと汚らしいおじさんと綺麗な色の仔犬だったので、ちぐはぐな感じだなと思って、印象に残っているんです」
「おっさんは、どんな服を着て、どんな人相しておりましたか?」
 中村が訊ねると、女性スタッフは思い出しながら、
「さあ? チラッと見ただけなので……、仔犬が印象に残っているだけで……確か服はベージュの作業着みたいでしたが、人相まではわかりません」
 女性スタッフは自信なさげに答えた。
「そうでっか、おおきに」
「あの……、何かあったんですか?」
「どうも誘拐されたようなんですわ」
 中村が答えると、女性スタッフは驚いて、
「えっ、誘拐事件!」
 半オクターブ高い声になって叫んだ。
「それで、どっちへ走ってはりましたか?」
「あっちです」
 緊張した表情の女性スタッフは右手で北の方向を指差した。
「おおきに、助かりました」
 そう言った中村は慌てて、江美へ電話した、
「江美さん、やっと目撃者が現れましたで」
「ご苦労さまです。で、状況を聞かせてくれますか」
 中村はおもしろい大阪弁で話しながら、若い女性スタッフから聞いた情報をキッチリ伝えた。すると江美は、
「車じゃなくて自転車なの……で、その年配の男性の容疑者は北へ走って行ったの、そのガソリンスタンドから北ということは……、新世界かあいりん地区かも知れないわね」
「江美さんもそう思いまっか? 私もそんな気がしてしょがないんですわ」
「ウチは今、新世界に来ているのよ」
「えっ、新世界でっか?」
「そうなの、大沢のご主人を追跡したら新世界に来たのよ」
「そうでっか……さすが江美さんですね」
「そんなに、おだてないでよ恥ずかしいわ……」
 江美は電話口で苦笑しながら言った。
「あの……江美さん」
「なんですか?」
「えーと……事件が終ったらデートしまへんか?」
「何を言っているのよ、仕事中でしょう。不真面目な警官ね」
「はあ……えらい、すんまへん」
 江美から叱られた中村は頭を掻きながら謝った。
「それじゃあ、すぐに新世界に来てちょうだい」
「それが駄目なんですわ」
「なぜ?」
「上司が仔犬の誘拐ごときで時間を使うな、すぐ署へ戻ってこいって言ってまんねん」
「何が仔犬ごときよ……もう頭にきたわ、上司って誰なの?」
 江美は少し声を大きくして訊ねた。すると中村は言いにくそうに、
「いや……あの……」
 そう言いながらためらっているので、
「誰なのよ?」
 と、江美は鋭く詰問した。
「実は、江美さんもよくご存知の……望月警視なんです」
「えっ、望月警視があなたの上司だったの?」
「はあ……、そうなんでございます」
「望月警視はウチの叔父さんだから、あとで連絡しておくわ、だからすぐこちらへ来てちょうだい」
「はい、喜んで」
「もう……おやじギャグ言ってる場合じゃないわよ」
 中村は飛び上がらんばかりに喜んで後輩の鈴木を連れて新世界へ急いだ。

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第三章 その2
 新世界(しんせかい)は大阪市浪速区恵美須東一丁目から三丁目にある歓楽街である。界隈に通天閣や幸福の女神ビリケン像も有名、ジャンジャン横丁があることでも知られている。戦前は通天閣及びルナパークの開業により、新世界界隈には芝居小屋や映画館、飲食店が集まり出し、国技館も建設され歓楽街の様相を呈するようになった。一方、周辺地域では市立天王寺動物園、飛田遊廓が開業するなど、一帯は庶民的な歓楽街として親しまれてきた新世界だったが、大手私鉄のターミナルに位置しないこと、観光の多様化などに伴い、近年は衰退していた。皮肉にも、発展していない「昔の繁華街」の雰囲気が、却って観光資源になっている面もあった。かつての新世界は、その独特の雰囲気で人々を惹きつけ、多くの小説・漫画の舞台ともなった。
 1997年新世界では久々の大規模施設としてフェスティバルゲートとスパワールドが、大阪市所有の市電車庫跡地に開業したものの、2004年6月にはフェスティバルゲートは経営破綻している。
 近年では、NHKの連続テレビ小説「ふたりっ子」の舞台として登場した。週末になると数多くの観光客が詰め掛け、通天閣や今や懐かしい手書きの派手な映画看板などをバックに写真を撮ったり、スマートボールに興じている様子が見られることから、歓楽街というよりは観光地の様相を呈している。
通天閣
 
 この地区の南側にあいりん地区がある。職を失った人達が日雇労働者として働きに行くステーションにもなっている。高度成長期のあいりん地区は早朝になると国道沿いにずらりと大型バスが並んでいた。堺などの工場から労働力を求めて大型バスでやって来て、バスの窓には日当現金払い五千円とか七千円と書いた紙が貼ってあった。それを見て日雇労働者はバスに乗り込んで働いて日当を稼いでいた。しかし、バブルがはじけてからは閑古鳥が鳴いていた。
 最近では日雇いの職に溢れた人たちがホームレスとして周辺の公園や空地で暮らし、また夜の商店街ではシャッターの前に段ボールのふとんを作って寝るような暮らしをしている人もたくさんいる。今や日雇労働者の暮らしが大きな社会問題になっている。
「江美さん、大沢さんは新世界へ向かっているようだわ」
「新世界か……、何か胸騒ぎがするわね。とりあえずウチたちも大沢さんを監視しようか」
 二人は急いでラーメン屋を出て、大沢のベンツを追跡することにした。
 一方、二人の若い警官は大沢邸の近所の店舗や邸宅へ聞き込みに奔走していた。通行人にもラッキーの写真を見せて訊ねているが、目撃した人はなかなか見つからなかった。
 帝塚山の一軒一軒の邸宅は敷地が広く門があって高い塀で囲まれているのがほとんどだから、家の中から外が見えないことも原因しているのだろう。
 そうこうしているうちに警官の上司から電話が入り、仔犬の捜索ごときであまり時間を使うなと注意され、早く署へ戻れと言われた。

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第三章 その1
 江美の運転するワゴン車は帝塚山の街を抜けると国道二十六号線を北へ数百メートル走って、すぐラーメン屋の駐車場へ入った。
「里香ちゃん、昼食にラーメンでも食べながら作戦を練ろうか?」
「確か、江美さんはラーメン食べると頭が冴えるんでしたね」
「ほんと、ラーメン食べると不思議に頭が冴えるんだよね」
「里香ちゃんも食べるよね、ウチがおごるから」
「わーい、ありごとうございます。私もラーメン食べて一緒に作戦を考えます」
 どんべえをワゴン車に残して二人はラーメン屋へ入った。昼時で賑わっていたが、幸い奥の二人用のテーブルに案内された。
 江美はヘルシーな忍者食ばかり食べているから、無性にとん骨のコッテリしたものが食べたくなるときがあった。
 テーブルにとん骨ラーメンが置かれると、二人は夢中になり一言も語らず、あっと言う間に食べてしまった。
Hakatara-men.jpg

「あーあ、美味しかったお腹パンパン」
 そう言って里香はお腹を叩いた。大阪育ちの里香は若いのに、もう大阪のおばチャンが少し入っていた。
「それじゃあ……里香ちゃん、ノートパソコン起動させてくれる」
「わかりました。何か調べるものあるんですか?」
「うん、それから……追跡ナビを開いてくれる」
「えっ、追跡ナビ? はい……開いたわ。あれ? 追跡ナビが動いてる……」
 里香はちょっと驚いたように言った。
「やっぱり、大沢さんが動き出したわね」
 江美は頷きながら呟いた。
「あの……江美さん、いつのまに大沢さんのベンツに発信機を取り付けたんですか?」
「どんべえから報告を聞いているとき、こっそりベンツの底に付けたの」
「そうだったんですか……全然気が付きませんでした」
「そりゃあ、忍者だからね」
 江美はささやくように言って微笑んだ。
「ところで里香ちゃん、大沢さんは何かおかしいと思わない?」
「思うけど……でも、大沢さんは被害者じゃないんですか?」
「確かにそうだけど、ラッキー誘拐事件はきっと大沢さんに関わりがあるわよ。これからそのことを調査しようと思っているの」
「あれ……? わんランドに戻るんじゃなかったの?」
 里香はキョトンとして訊ねた。江美を苦笑しながら、
「それは嘘よ。大沢さんを泳がすために、芝居をしただけなの」
「さすがは江美さんね。里香も騙されました」
「作戦には味方を欺くこともあるから……ごめんなさいね」
 江美は両手を合わせてかわいく謝った。
 追跡ナビの画面に映っているベンツは帝塚山から国道二十六号線を走って西成区へ入り、新世界の方面へ向かって動いていた。

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